病棟クラークの謎

上田前之介は病棟クラークだ。医師や看護師を支える目的で派遣された。彼の話によれば千賀子の勤務態度に問題はなく閉じた職場にありがちな派閥争いに巻き込まれた様子もないという。パワハラが離職の原因でないなら激務だ。実際、バリウム病棟は常に求人広告を出している状態だ。慢性人手不足の病院側は上田前之介の派遣元に頼りっぱなしだ。

だが彼は派遣されただけでなく、千賀子の仕事に協力していた。


医師の立場を利用して千賀子は自分なりの立場から医師会を批判したいのだ。

上田の実家である上田病院は県内屈指の病院だ。千賀子がバリウム病院を辞める前に、上田が病院長を紹介してくれた。上田は病院の顧問弁護士を務めており、彼らの担当医も兼任している。

上田病院はあくまで地域密着を目指す病院だ。だが病院の経営は拙く、看護師は患者を看護する側だが介護までやらされる。医師はなかなか回ってこない。医療従事者も介護士も足りない病院で、千賀子は当然働いていた。

『スタッフは千賀家の下で働かなければならない』


顧問弁護士が病院側にそう話している。

ここの入院患者には介護が必須だ。だが彼らは上田家専属の看護師なんて必要でないと医師に訴えている。


経営陣としては近隣の患者を出来るだけ多く取り込まないと、病院の医療行為に疑問を抱く人間がいるのだ。


患者を真面目にケアする人間が欲しいから現場も上田家の人間を追い出すということを画策している。そのことに医師は不満を募らせている。それでも千賀子は立場上無理難題を突きつけられた。病院のエリート医師は病院の経営権を一部任されている。そして院を経営する上田家は人件費を格安に抑え高額療養を施しているのだ。


「あなた、居場所がなくなるわよ?」

千賀子は前之介から上田病院を紹介された際に自爆特攻ともいうべき仰天プランを明かされた。

「病院は創業家の人間を排することにより、利益を上げようとしている。誰かが患者そっちのけのパワーゲームを止めなきゃならない」

上田病院を苦境に追い込んだ創業家の人脈を排除できないので、病院の病院長が外部から人を派遣しようということになった。

「だから、私を呼んだ?…」


それから三日後、創業家は病院長に上田家の息がかかった医師のみを集めるように言い渡したのだ。病院長としてはこれを受け入れるしかない。その後、病院長は創業家から送り込まれた人間が務めるようになった。


予防的なクーデター誘発に千賀子たちは成功したというわけだ。

だが、ただでさえ杜撰な経営体制で上田家の支配が盤石になれば千賀子としては、とても責任を持つことはできない。

またそれが看護師たちに重圧を与えることになることは病院にも理解できるだろう。そして二人にとってこんな病院にとどまる必要もないということだ。


千賀子はエリート医師としての責任を果たしながらも上田病院を苦境に追い込んだ。当然ながら患者は離れる。

バリウム団地病院は病院として上田より大きく、仕事が増えている。酸欠になるほどこき使われた看護師もまたこちらに移ることとなる。上田と千賀子のコンビはバリウム団地病院に転じた。


「そういうことだったのか」

成田五郎は驚きのあまり過呼吸になった。

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