第8話

「嫌なことはぜ~んぶ忘れちゃえばいいんだよ!」



どこからかそんな声が聞こえてきて、あたしは立ち止まった。



「え……?」



部屋の中をグルリと見回してみるが、あたし以外に誰もいない。



ラジオのスイッチも消えているし、音が出るようなものはどこにもない。



声はやけに幼くて、はしゃぐような声色をしていた。



そんな知り合い、あたしにはいない。



「気のせいかな……?」



きっとそうだ。



色々と混乱していて、変な声が聞こえただけだ。



そう思う反面、さっきの声が耳から離れなかった。



嫌なことは全部忘れちゃえばいい。



誰だって思うことだろう。



あたしだって忘れたいことは沢山ある。



勉強が苦手なこととか、今回のお祖父ちゃんの入院のこととか。



考えながら、あたしはフラフラと音が聞こえてきた部屋の隅へと移動してきていた。



どこからあの声が聞こえて来たんだろう?



周囲を見回してみても目につくものはなにもない。



やっぱりただの気のせいか……。



そう思った時だった。



コツンッと足がなにかにぶつかり、視線を向けた。



そこにあったのは白い布にかけられたなにかだった。



なにが隠されているのかわからないが、布は長方形の形に膨らんでいる。



あたしはそっと身をかがめて布を引いた。



布の下から出てきたものはシュレッダーだった。



祖父が仕事で使っていたのか、随分の年季の入ったものだ。



「なんだ、シュレッダーか」



あたしはホッとして笑みをこぼした。



布の下になにがあると思っていたのか、自分で自分がおかしくなった。



きっと、祖父がこの部屋には入るなと散々言ってきたからだろう。



だからなにか変なものや怖いものが置いてあるものだと、勝手に思い込んでしまったのだ。



「でも、変なシュレッダーだなぁ」



形状はどこにでもある普通のシュレッダーだが、そこから醸し出される雰囲気が普通のものとは違った。



なんというか、シュレッダー事態が生きているかのような雰囲気があるのだ。



ジッとみているとつい引き寄せられてしまい、使ってみたくなる。



「年代物だからかな……」



祖父が長年愛用していた道具だからかもしれない。



あたしは引き寄せられるがままに右手を伸ばす。



シュレッダーに触れそうになった瞬間、アラームが鳴り響いてハッと我に返った。



「いけない! 伯母さんが迎えに来てくれる時間だ!」



あたしは慌てて旅行鞄を持ち、玄関へと走ったのだった。

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