第7話

☆☆☆


伯母さんの車で家に戻ってからも呆然としてしまって、うまく思考回路がまとまらなかった。



お世辞にも広いとは言えない家が、祖父がいないだけで随分と広く感じられる。



そしてなにより寒々しく、そして心細かった。



学校から戻るといつも笑顔で「おかえり」と言ってくれた祖父が、今はいないのだ。



そう思った瞬間、悲しさがこみ上げてきた。



手術室から出てきた祖父は色々な管をつながれ、機械と共に病室へと入っていった。



その姿を思い出すと、目の奥が熱くなり、鼻の奥がツンとして涙が滲んだ。



あたしは滲んできた涙を手の甲でぬぐうと、気を取り直すように大きく息を吸い込んだ。



祖父の容態はあたしが聞くだけじゃよくわからなかったけれど、どうやら血管の一部が裂けてしまったようだと、伯母さんが教えてくれた。



その場所が脳内だったため、事態は緊急を要したのだ。



だけど手術は無事に成功した。



後遺症が残るときもあるらしいけれど、それでもそこから回復した患者さんも数多くいると教えてくれた。



あたしはいい情報だけを思い出し、祖父の部屋の前まで移動してきた。



一階の角部屋にあるその部屋のドアをあたしは今まで1度も開けたことがなかった。



いつも優しくて美味しいコーヒーを入れてくれる祖父なのだが、この部屋に入ることだけはどうしても許してくれなかったのだ。



子供のころこっそり部屋に入ろうとしてひどく怒られた記憶があるため、あたしは祖父の部屋には決して近づかなくなった。



でも、今回は緊急事態だ。



お祖父ちゃんの入院道具を準備しなきゃいけない。



あたしは自分にそう言い聞かせてドアノブに手をかけた。



銀色のノブを回そうとして、一瞬手が止まる。



昔祖父から怒られた記憶がよみがえってくる。



決して入ってはいけないと言われたことも。



祖父は昔からこの部屋を書斎としても使っていて、仕事道具が多く置かれていることは知っていた。



だからあたしをよせつけたくはなかったのだと思う。



けれど、一瞬だけ嫌な予感が胸をよぎった。



このドアを開けて本当に大丈夫なの?



お祖父ちゃんからあれだけダメだと言われていたのに、入ってしまっていいの?



そんな自問自答を、どうにか頭の中から振り払った。



お祖父ちゃんの着替えはこの部屋にしかないんだから、仕方ないじゃん!



あたしは思い切って、ドアを開いたのだった……。



部屋の中はごく普通の書斎だった。



大きな本棚が壁一面に置かれていて、難しそうな経済書が沢山並べられている。



その中に一冊のアルバムを見つけてあたしは「あっ」と呟いて手を伸ばしていた。



開いてみると、それは幼少期のあたしが写っている写真ばかりが収められたものだった。



祖父がこのアルバムを大切にしていることは知っていた。



写真を少し見ただけで、胸がジンッと熱くなるのを感じてすぐに閉じた。



あたしの写真はほとんどが祖父が撮影してくれたものだ。



祖父が、どれだけあたしを大切にしてくれいていたのか、よくわかる。



「入院準備しなきゃ」



また溢れ出そうになった涙を押し込めて呟く。



タンスから下着やパジャマなど、すぐに必要そうなものを取り出して、旅行鞄に入れていく。



一体どのくらい入院することになるだろうか?



案外すぐに退院することが決まって、こんな大荷物必要じゃないかもしれない。



淡い期待を抱きながら準備を進めていた時だった。

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