第2話
外でどれだけ胸の痛む事件が発生していても、学校の開始時刻はいつも通りやってくる。
綱橋中学校、3年A組の教室を開けると、友人の吉田由香里(ヨシダ ユカリ)がポニーテールを揺らして元気よくかけてきた。
「敦子おはよー!」
「おはよう由香里。今日も元気いいね」
「敦子聞いてよ、由香里ったらあたしが持って来たお菓子全部食べちゃうんだよ!」
あたしへ向けて文句を言いながら近づいて来たのは、ショートカットがよく似合う藤本蒔絵(フジモト マキエ)だった。
蒔絵は学校内でも1位2位を争うほどの美少女だが、本人は自分の外見なんて興味がないようで、実にサバサバとした性格をしている。
「由香里、朝からお菓子ばっかり食べちゃダメじゃん」
「蒔絵がおいしそうなお菓子を持ってくるのが悪いんだよぉ!」
「ちょっと、人のお菓子食べておいて、なんで私が悪いことになってんの」
きゃあきゃあと教室内で騒ぐのはあたしたちの日課だ。
どれだけ嫌なニュースを聞いた後でも、3人で集まればたちまち笑顔になれる。
あたしはこの2人が大好きだった。
「なぁに騒いでんだよ?」
かしましい声を聞きつけたのか、サッカー部の林浩太(ハヤシ コウタ)があたしたちに近づいてきた。
その声を聞いた瞬間、胸がドキンッと大きく跳ねた。
浩太がこちらへ近づいてきたことはわかっているのに、顔を向けることができない。
「聞いてよ浩太。由香里ったらひどいんだよ~!」
蒔絵はあたしの気持ちに気がつくことなく、浩太へ向けて愚痴を開始した。
「なんだよお菓子くらいで騒ぐことないだろ?」
「そうだよね浩太~!」
「浩太は一体どっちの味方なの!?」
女子2人に挟まれたって浩太は涼しい顔をしている。
「どうしたんだよ敦子。今日はなんか静かじゃねぇ?」
浩太にそう聞かれて、あたしの心臓はまた大きく跳ねた。
「べ、別に普通だけど?」
そう言って笑顔を浮かべてみたけれど、きっとひきつっていたと思う。
その証拠に浩太はあたしを見て眉間にシワを寄せている。
そんなあたしを見て、ゆかりと蒔絵はニヤニヤと粘っこい笑みを浮かべている。
「おーい、浩太! こっち来いよ!」
「おぉ、今行く!」
浩太はあたしの胸のドキドキなんて知らず、友人に声をかけられてそそくさと行ってしまった。
その後ろ姿を見つめて、はぁ……と、大きく息を吐きだした。
「浩太が近くにくるだけでそんなに緊張してたら、バレバレだよ?」
ニヤついた笑みを浮かべたまま、由香里がそう言ってくる。
あたしは自分の頬を両手で包み込んだ。
少しだけ熱いかもしれない。
「でも、本人にはバレてないよね?」
「浩太は鈍感そうだもんねぇ? サッカー馬鹿だし。ハッキリ告白するまで気がつかないんじゃない?」
蒔絵は呆れた声で言う。
しかし、その言葉にあたしは安堵していた。
自分の気持ちが浩太にバレるなんて、心の準備ができていない。
「敦子、ちゃんと浩太に告白しないの?」
由香里にそう聞かれて、あたしはブンブンと左右に大きく首を振った。
「そ、そんなことできるわけないじゃん!」
「そう? でもさぁ、うちら受験生じゃん?」
由香里の言葉に熱していた気持ちがスッと冷えて行くのを感じる。
突然現実に引き戻された感じだ。
「好きな人と一緒に勉強できたらいいよねぇ?」
由香里は夢見る少女のように頬を緩めて言った。
「そりゃあ、そうなればいいけどさ……」
告白したって必ず成功するとは思えない。
浩太とは小学校の頃からの友達だけど、中学に入学してから急に人気が出始めた。
背が伸びて、サッカーでほどよく鍛えられてきたからだと思う。
「あ~あ……浩太があんなにかっこよくなるなんて思わなかったよぉ!」
あたしは盛大なため息とともにそう言い、机に突っ伏した。
浩太がこんなに人気になると知っていれば、小学校の頃からもっと仲良くしてきたのに。
今さら悔やんでも仕方ないことだけど……。
「で、でもさ。好きな人がいると、それだけで毎日楽しいよね?」
由香里が言いにくそうにそう言い、頬を赤らめた。
モジモジと体を動かしているその姿にあたしと蒔絵は目を見かわせる。
「もしかして由香里、好きな人ができたの!?」
「シッ! 蒔絵、声が大きいよ!」
慌てて教室内を見回している。
「うそー! 誰誰!?」
あたしは蒔絵と一緒に好奇心むき出しで由香里を見つめた。
「他の学校の人。塾が一緒なんだけど、勉強ができてカッコイイの」
そう言う由香里の頬は赤く染まっている。
由香里が塾に通い始めたのは6月に入ってからだから、つい最近知り合ったみたいだ。
「いいなぁ! 2人して好きな人いてー!」
蒔絵は1人面白くなさそうに頬を膨らませている。
「蒔絵は、彼氏の1人や2人くらいいるんだよね?」
あたしの問いかけに蒔絵は瞬きをして、それから「いるわけないじゃあん!!」と声を上げると空を仰いだ。
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