マンザナール砂漠     16時20分



 道路沿いを歩き、ウォールキンの後をついていくと、古ぼけた中型トラックが見えてきた。

 どうやらあれがウォールキンの車らしい。

 二人はそれに乗り込むとすぐさま車を発進させた。


「しかし、なんで君はこんなところに?」


 ふと浮かんだ疑問。

 それを惜しむことなくズィルバーは質問をぶつけた。


「ああ? んなもん見回りだ、見回り。 一応、異変は一週間前から発生してて、ここら辺の住民は避難させている。 今すぐにでも応援が欲しかったが、都会の方でも怪物たちが出回っているんだろう?」

「ああ、その通りだ」

「しかしまあ、まさかヒト一人だったとは恐れ入ったよ。 んで、その魔導銃、どこで手に入れた?」

「これか? ……これはあるヒトの遺品だ。 自宅で試し撃ちをしたときはなんともなかったんだが、まさか連発すると魔素切れを起こすなんて思いもしなかった」

「ああ、だろうな。 だからこそ、魔導銃ってのは最初こそ流行ったが、調整の難しさと適応できる野郎がほとんどいなかったせいで一気に廃れた武器だ。 だから、何も知らないやつがそれを使おうとするとさっきのようなことになる。 まあ、いい勉強にはなったろう」

「……ああ、本当に助かった」

「それより、本部に報告しなくてもいいのか? ゼクトの野郎、報告しないとうるさいだろう」


 その言葉にズィルバーは、はっ、となる。


「……ああ、そうだった。 すまない、今から報告する」

「そうしてくれ」


 ウォールキンに断りを入れると、ズィルバーは携帯でゼクトの電話番号に掛ける。

 すると、眼鏡の左眼のレンズ部分が光りだし 映像へと切り替わった。

 映った光景はズィルバーの自宅で見たのとそう変わらなかったが、気難しいゼクトの隣には心配そうにこちらを見つめすユアンが見える。 


『報告遅いぞ。 なにがあった?』

「すまない、新種の襲撃があった」

『新種だと!? それでどうなった!?』

「応戦したが、慣れない武器で撃退したため魔素切れを起こした。 ちょうどウォールキンと合流したため事なきを得たところだ」

『魔素切れですって!?』


 ゼクトの隣にいたユアンが叫ぶ。


『体調は? 応急処置はしたの!?』

「ああ、問題ない。 ウォールキンは魔術武器職人だったからその点においては専門家だ。 すぐに処置したよ」

『魔術切れって……一体どんなことをしたらそんなこと……』

「誰だか知らねえが、こいつなんも調整もしてない魔導銃をぶっぱなしやがったんだ。 オレの家で調整するところよ」


 ヘットホンだから声は聞こえないはずだが、ズィルバーの会話の内容から察したのかウォールキンが口を挟んできた。


『その声はウォールキンか?』

「ああ、そうだ。 今、ウォールキンの自宅で武器の調整とこれからの作戦会議をしようと思っている」

『……それについては構わんが……くれぐれも我々の目的を忘れるな。 人間の幼体の奪還だ。 いまでこそ、生存はナノマシーンで確認が取れているが、迅速に行動しなければ何をされるか分からん』

「……承知している。 だが――――――」

「ああ!? ゼクトの野郎、オレが武器の調整をするのが無駄だって言ってんのか!?」

「い、いや、そんなことは言ってない。 ただ、迅速に行動しろだとさ」


 慌てて、ズィルバーがウォールキンを宥める。


『……再度言うが、ウォールキンはかなりの曲者だ。 気を損ねないよう、注意して行動しろ』

 

 ゼクトとウォールキンの板挟み状態な会話にズィルバーの精神がすり減らされる。

 ズィルバーは深く強く目を閉じると、過度なストレスを抑え込むように少し唸った。


「まあ、なんだ。 僕がやらかしたのもあるし、体の回復待ちを兼ねて武器調整をやってもらうよ」

『承知した。 カメラはこのまま起動しておく。 音声などでこちらから何かわかり次第情報を送る』

『それと、体調が悪くなったりしたら私に報告して。 できる限りのアドバイスをするわ』

「了解。 なら、任務に戻ります」


 ズィルバーがそう言うと、眼鏡の映像が途切れた。

 だが、ここからカメラで随一こちらの行動がゼクト達に見られることになる。


「なんだ、終わったのか?」

「まあ、なんとか。 知り合いの医者に、こっぴどく怒られたよ」

「ふん、そうだろうさ。 ......っと、みえてきた。 あれが俺の城だ」


 会話している内にどうやらウォールキンの自宅へ辿り着いたようだ。

 ......しかし、その建物は明らかにただの住居とはいえない佇まいをしていた。

 まず目を引くのは建物の全方向に囲むように設置された有刺鉄線。

 所々、『高圧電流注意!!』という看板が掲げられている。

 建物の大きさも明らかに大きい。 豪邸とはまた違う大きさだ。

 一見すると家ではなく、ただの工場、あるいは牢獄のような印象を受ける。

 あながち、ウォールキンが言っていた『城』という表現は間違っていない。

 ......豪華な城というより黒鉄の城、といったところか。


「随分と物騒な家だな」

「まあな。 オレの作った兵器や技術を盗もうとするネズミ達を撃退するにはこうするんしかないのよ。 そのおかげで、あの怪物たちを寄せ付けない砦になっているがな!!」


 ガハハ、と荒々しく豪快に笑うウォールキン。

 確かにここまで厳重であるならば、何者にも突破できない砦になっている。

 だが、ズィルバーにはどこかそれだけではない、何か別の理由があるようにも見えた。

 ......これはただの偏見だが、どうやら彼は何かしらの人嫌いのようにも見える。

 今現在のズィルバーに対する態度は恐らくだが、ズィルバー自身の好意だからじゃない。

 かといって、国の観察員だからでもない。

 彼の言動には義務感というものはない。

 ならば何か。

 ……これは憶測だが、恐らくズィルバーが持っている魔導銃に興味を示しているからだ、とズィルバーは考える。

 彼と出会った時も幾度となく魔導銃を見ていたし、ズィルバーを助けた時も魔導銃の名を頻繁に口にしていた。

 ヒトの命よりも、兵器、か。

 頭の中でズィルバーがぼやき、フッと笑みがこぼれる。

 なるほど、確かに曲者だ。

 それでも、ズィルバーはウォールキンに好意を持てた。

 大抵、こういったヒトは一見ひねくれて見えるが、一度気に入られると何かと世話焼きになる。

 これはズィルバーの経験談だ。

 ヒトとの関わりはそう多くないものの、『長年』この世界を生き延びてきたズィルバーだからこそ断言できる。

 とにかく、嫌な顔をせず彼に従うのが賢明か。

 ゼクトからの命令もあったし、彼のご機嫌とりをするのが今の最優先事項になるだろう。

 息を呑み、そう確信する。

 すると、ウォールキンの自宅へ続くゲートが見えてきた。

 監視カメラやマイク、ポストらしきものも確認できる。

 配達物などはここから受け取るようだ。

 しかし、今回は家主のウォールキンがここにいる。

 おもむろにドアポケットから小型のリモコンを取り出して、スイッチを押すとゲートが開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フクス・ズィルバーの数奇な事件簿 ベルゼリウス @berzelius

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ