マンザナール砂漠         15時50分 



 ズィルバーの自宅から車を走らせ、およそ5時間。

 都市部からほんの少し走らせただけで環境ががらりと変わってしまう、というのはいつもヒトの進歩というのを感じ取れる。

 現に、車内の環境は快適に設定されているが、外の気温は40度以上だという。

 こんな事、ひと昔では考えられなかった。

 まさに人間の文明の力というべきか。

 きっと、獣人たちではこんな文明は築けなかっただろう。

 爪や毛皮がない人間は厳しい環境に耐えるべく、自身の体に支える技術や文明に頼らざるえなかったとはいえ、ここまでくると恐ろしいものがある。

 まあ、そのおかげでヒト全体が生活基準を大きく向上し、今こうして役に立っているのだが。


「いまじゃあ、昔みたいな暮らしは考えられないよな」


 つい50年前の交通手段は鉄道や船が主流だったのに、いまでは人一人が車を持ち、空路を使えば簡単に地球の裏側にさえいける。

 テレビや冷蔵庫、はてはこの手渡された携帯端末でさえ、当時の常識では考えられないものだ。

 こうしてみると、ヒトというのは今日において機械に依存して生活をしているともいえる。

 依存している、といえばそうだが、実際便利なものは便利なのだから仕方のないことだ。

 そうズィルバーは自分で納得しつつ、ふと携帯端末を見てみる。

 目的地まであと数十分、といったところか。

 確か、現地の関係者と落ち合う予定になっている。

 ゼクト曰く、かなりの曲者らしいが……と、不意に視界の中にガソリンメーターが入った。


「ん? おっと、忘れてた」


 ガソリンがもう少ししかない。 

 このところ、いろんな出来事が連続で起きたせいでガソリンの残量を計算していなかった。

 運転しながら携帯端末を手に取り、改めて目的地を確認してみる。

 多く見積もっても、目的地にいけるかどうか。

 車に内蔵されていたカーナビで位置を確認すると、もう少し行けばガソリンスタンドのある集落にたどり着くようだ。

 予定が狂うが、致し方がない。

 砂漠のど真ん中で立ち往生するよりはましだ。


「やっぱり遠いなぁ……はぁ」


 ため息交じりに運転を続けると、例のガソリンスタンドが見えてきた。

 確かにガソリンスタンドの周辺にはちょっとした集落が見える。

 モーテルにバーや工場なんかも見えた。

 だが、人の気配はない。

 まあ当然といえば当然か。 ここは生物災害で封鎖されている地域に近い。 客足も少ないだろう。

 こんな極地のガソリンスタンドで、いつ来るかもわからない客を外で出迎える糞真面目なやつはいないだろう。

 幸いにもここはセルフスタンドのようだ。 金を入れれば自動的にガソリンが出てくる。

 そのまま、ズィルバーは車をガソリンスタンドの敷地内に入れ、給油すべくガソリンのノズルの横に止める。

 そして、安全のためにエンジンを切り、給油口を開けて外に出た。

 その瞬間、ズィルバーに凄まじい熱気が襲い掛かる。


「うへぇ、こりゃたまらんなぁ……」


 湿気のないからっとした熱気だ。

 一応、ズィルバーは今人間に擬態しているものの、体感温度というものは偽装できない。

 思わず、犬のように舌を出して呼吸を荒げそうになる。

 はしたない真似というのはわかっているが、無意識の内にしてしまいそうで怖い。

 なら、とっとと給油を終わらせよう。

 だが、幾分喉が渇いた。

 なにかジュースでも買おうと、ガソリンスタンド内にあるコンビニへと赴く。


「……ん?」


 おかしい。 入口のドアが開かない。

 コンビニ内の冷蔵庫は動いているのは確認できたが、どうもおかしい。

 どういうことだ? 今まで誰かがいた形跡はあるが、突然消えたようにも見える。

 確かにここは封鎖地域から近い。

 だがこの辺は封鎖されていないから営業しているはずだ。

 もしや……不審に思い、懐から魔導銃を取り出し構える。

 もしかしたらここはもう……

 と、そのときだった。


「ッ!?」


 がしゃん、と何かが金属がつぶれた音がしたかと思うと、何かの生き物の鳴き声が聞こえてきた。

 それも単体じゃない。 群れを成している。

 ズィルバーはすぐさま、車に戻り用意していた装備を身に着ける。

 すると、声の主たちがどこからともなく姿を現した。

 それは、昨夜ズィルバーが交戦したリザード級とは違う姿をしていた。

 二足歩行ではなく、地面を蹴るような体系。

 胴長の体を持ち、それは走ることに特化した体。

 その辺の物をひっくり返すことが出来そうな額の三本の角。

 そして、その肌はゴムのような、でもどこか人間をおもわせる肌色。

 これらも人間の皮をかぶった何かに見える。

 恐らく、こいつらも人間が変異したリザード級と同じ化け物なのは確実だ。

 だが、あの時の資料にはなにも記載されていなかった。

 もしかすると、今接敵しているのは新種なのか?


 ————ブルルルルッ!!


 どこか、馬のような鳴き声とともに、一斉に怪物たちが襲い掛かってきた。

 見る限り、怪物たちは4体。

 それらはそれぞれ方向が違うが直線上にこちらに突進してくる。

 あんな角で突かれたらひとたまりもない。

 瞬時にズィルバーは車の反対側に身を隠す。

 結果、怪物たちはその程度で止まるはずもなく、ズィルバーの愛車が大きく揺れた。

 

「お、おい!! この車まだローンが残っているんだぞ!!」


 そんなズィルバーの悲痛な叫びも虚しく、車が怪物たちによって持ち上がる。

 危険を察知したズィルバーは車から離れた瞬間、そのままズィルバーの愛車が道路側へと投げ飛ばされてしまった。


「あ、ああ……」


 地面に激突した衝撃で外装はくしゃくしゃになり、エンジンからずぶずぶと煙が立ち昇る。

 その光景をみたズィルバーは思わず、声が漏れた。

 そんな悲しみに暮れる暇もなく、怪物たちはこちらに目標を定め、地面を蹴っている。

 ズィルバーは怒りの赴くまま、懐のガンホルダーから魔導銃を取り出し、構えた。


「このド畜生!!」


 銃身が青白く光り、何もためらいのなくトリガーを引く。

 すると、けたましい爆裂音とともに青白い魔弾が怪物へと発射された。

 瞬間、射線上にあった怪物の体は姿を消し、代わりに赤い霧と何かが焼き焦げたかのような激臭が辺り一面に四散した。

 その衝撃が辺りに響き、怪物たちとズィルバーに襲い掛かる。

 ズィルバーは魔道銃を撃った反動と着弾した衝撃で少し体勢が崩れる。

 だが、怪物たちはそんなのお構いなしと言わんばかりに再び突進してきた。

 それを見たズィルバーは瞬時に判断し、何とか体をねじりながら前転して突進を回避する。

 そして、再び銃を構えて、その中の一匹を仕留めた。

 が、その瞬間、ズィルバーの体に何かの違和感を感じた。

 ガクッ、と体が沈むように力が抜け、視界がぼやける。

 

「ッ!? な、なんだ?」


 明らかに体が重い。

 体が風邪を引いたかのように倦怠感を帯びている。

 頭も体の反応も鈍い。

 視界も霞み、体中が言うことを聞かない。

 その症状にズィルバーは思い当たる節があった。

 恐らく、今ズィルバーに起きているのは魔法などを体を酷使したことで起きる体内の魔素切れだ。

 ……しまった。

 明らかにこの銃は魔素を馬鹿みたいに食う大砲らしい。

 たった二発撃っただけなのに、こんなにも早く魔素切れの症状が現れるとは……

 だが、そんなズィルバーに無慈悲にも怪物たちは襲ってくる。


「畜生……ッ!!」


 魔導銃をしまい、バックにしまっている弓で反撃しようとする。

 だが、魔素切れによって体のキレがないズィルバーにとって、素早い行動ができないとなると咄嗟に弓を装備して反撃するという芸当は不可能だ。

 そして、幻影魔術を掛けていた体が魔素が切れたことによって、ズィルバーの本来の姿へと変わっていく。

 それでもズィルバーは残った力を振り絞り、言うことを聞かない体に鞭打つように全身を奮い立たせ、魔道銃を放った。

 威力は変わらず、ズィルバーの放った魔弾は正確に怪物へと着弾し、四散する。

 が、それはたったの一匹だけ。

 相も変わらず、残りの一匹がこちらに突進してくる。

 動こうとしても体が全く反応しない。 

 もうこちらはガス欠のようだ。

 このままだと確実に怪物の角に体を貫かれ、絶命するだろう。


「ク、クソッ!!」


 と、その時。

 低く鈍い銃声とともに怪物が倒れ込む。

 よく見ると、眉間に銃創が出来ており、正確に怪物の頭を貫いたのだと見て取れる。

 しかし、だれが?

 ズィルバーはかろうじて首を動かし、周囲を見渡す。

 すると、ここからそう遠くない建物の影からこちらを見ている人影が見えた。


「ッたく……珍しい魔道銃を誰かがぶっ放していると思ったら、手前の身の程を知らねぇ馬鹿が撃っていたとはな」


 ぼやきながらも、こちらに向かってくる人影。

 それはどうやら男性のようだ。

 手にはライフルを構えている。

 しかし、極端に背が低い。 まるで子供だ。

 そのせいで手に持っているライフルが余計に大きく見える。

 だが、身なりは老人のように逞しい髭が生えていた。

 頭には赤いキャップ帽を被り、オーバーオールの作業着を着ている。

 世間一般の、田舎者のような格好だ。

 見た目と背丈が一致していないせいでなんだか歪に見える。

 

「ろくにメンテナンスをしていねぇ魔道銃をぶっ放すからだ。 立てるか?」

「何、とか大丈夫だ。 すまない、助かった」

「おら、そこのコンビニで水分補給と何かしらの菓子でも食って体を休めな。 魔素切れにはそれが一番いい。 ……ああ、ちょっと待ってろ」


 老人はコンビニの扉を手に持っていたライフルを射撃し、扉を破壊する。

 その光景にズィルバーは唖然とした。


「い、いいのか?」

「ここのオーナーから管理を任されている。 まあ、そのオーナーはここの怪物たちに食われちまったがな」


 ガハハ、と豪快に笑いながら老人はコンビニ内に入っていく。

 よろめく体を必死に抑えながら、ズィルバーは老人が入っていったコンビニ内へと侵入した。

 そして、冷蔵庫内に保管されていたコーラを手に取り、喉に掻っ込んだ。


「どうだ、だいぶマシになったか?」

「……なんとか」

「しかし、アンタこんな偏屈な場所に一人で何しに来た? そのなりじゃあ狐の獣人のようだが」

「それはこっちのセリフだ。 なんで、僕の姿を見ても君は何故驚かない?」

「見てわかんないのか? オレはドワーフだ。 何も知らない毛無猿と一緒にするな」

「ドワーフ?」

「ドワーフ知らないのか? 今から五十年前位に異世界移民計画でこっちに渡ってきた亜人の一種だ」


 その言葉にズィルバーは納得した。

 確か昔、政府が世界再生のために異世界からの移民を募集した、と聞いたことがある。

 異世界の技術を取り込み、戦争などで疲労した世界を新たに作り替える、といった政策で、上の思惑通りに世界は再生されていった。

 獣人たちに魔術という技術が一般の獣人達に普及していったのも彼らのおかげだ。

 ……となると、この目の前にいる男がウォールキンなのか?


「もしかして、君がウォールキン?」

「あ、確かにオレの名はウォールキンだが……もしかして、あんたが応援の?」

「……まあ、そうなるな」

「嘘だろ……なら、身分を証明できる手帳かなんかあるだろう!! それ見せろ!!」


 渋々ズィルバーは自身の身分証明書を見せるとウォールキンは絶句した。


「マジかよ……応援がこんな一人だなんて聞いてないぞ。 しかも、魔素切れでへばってたってのに……」

「おい、聞こえているぞ」


 ウォールキンは小声で言ったつもりだろうが、一語一句ズィルバーの耳に聞こえていた。

 多分、ただの人間でも聞こえる声音だ。


「はぁ、まあいい。 とりあえず、あんたの車はどう見てもお陀仏だ。 修理しようにも時間がかかる。 現場にこのまま行こうにも魔素切れのあんたを連れて行くのは自殺行為だ」

「……そうだな」

「だから、一旦オレの家で作戦を立てよう。 それにあんたが持っている魔道銃のメンテナンスをしたい」

「これの? 君にできるのか?」

「あたぼうよ!! 俺は魔術武器職人だぞ!! 第一、あんたが魔素切れになったのは使用者に合わせた調整が出来ていない証拠だ。 それにこのままそれを使わせるとさっきの二の舞いになる。 魔術武器職人としてのプライドと誇りにかけてそれは見過ごせん」

「……わかった、降参だ。 君に任せるよ」

「よしきた。 なら、ここを移動するぞ。 もしかしたら、さっきの騒ぎで怪物どもが押し寄せるかもしれん」


 そういうと、ウォールキンは周囲を警戒しながらコンビニから出る。

 それに続くようにズィルバーも歩き出す。

 少しふらつくが、ある程度マシにはなった。

 だが、まだまだ油断はできない。

 自分の幸運を踏みしめるようにズィルバーはコンビニを後にした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る