イルシオンシティ ルナールビル 10時45分 ②


『私だ』

「準備、整いました」

『ならば、先ほど支給した物資を装備しろ』


 淡々と答えるゼクトの言葉に、ズィルバーは少しムッとなった。

 しかし、ズィルバーにもゼクトと無駄話をするつもりもない。

 反論せずにそのまま指示に従うことにした。

 眼鏡と小型端末に、マイクとイヤホン。

 この格好なら装備すればどこかのボディーガードのようにも見える。

 言われるがまま、ズィルバーは支給された装備を装着する。


『装備したか? 小型端末はそのまま電源は入っているはずだ。 眼鏡とマイクは装備することによって、お前の魔力で反応し自動的に起動することになっている』


 すると、今度はイヤホンからゼクトの声が聞こえてきた。

 それと同時に、起動音と共に眼鏡の左側のレンズにホログラムのような映像が映し出される。

 映っているのは、指令室のような場所で気難しそうな顔をしているゼクスの姿だった。


『今後はこれらの装置を使って連絡、報告を行え』

「ふん、最近の科学はすごいもんだな」

『減らず口を叩くな。 ……これから、小型端末に目的地を表示している場所に向かえ。 まずは現地の観察員とコンタクトしろ』


 観察員。

 確か……国から認められた、地域ごとの人間たちの動向を文字通り観察するヒトのこと、だったか。

 観察員になったヒトは、人間たちの動きを定期的に報告する義務が発生するが、その分報酬をもらえる制度……だったはずだ。

 しかし、何故観察員を? ズィルバーは疑問に思った。


「観察員? そのまま、あの子を追った方がいいんじゃないか?」

『今現在、お前が向かおうとしているマンザナール砂漠には、多数のリザード級が出没し、Aクラスの生物災害が発生してる。 公には公表してはいないが、多数の住民が犠牲となり、現在封鎖中だ』

「そんな中、その観察者はその場に居座っているのか? なかなかの変人だな」

『そこは私も同感だ。 特に彼は職人気質でこちらの要請になかなか従わない人物だ。 名はウォールキン』

「特徴は?」

『会えばわかる。 なかなかの曲者だ。 先日も彼に封鎖の誘導を指示したんだが―――』

「あーわかった。 とりあえず、そいつに会おう」


 ゼクスの小言が始まる前に、ズィルバーは行動に移ることにした。

 このままでは長話に付き合わされる羽目になる。

 ある程度の荷物をまとめ、そばに置いてあったアタッシュケースに入れていく。

 と、ズィルバーは何かを思い出したかのように、ふっと動きを止めた。

 そして、そのまま部屋の奥に展示されている弓の方へ振り向き、保護ケースから取り出す。 

 しばらく使っていないのに、しっくりと手に馴染む。

 ……当たり前だ。

 数多の戦場を駆け抜け、苦楽を共にしてきた相棒とも呼べるほどに愛用してきた。

 だが、時代を重ねるごとに携帯性や利便性を考慮した結果、段々と使わなくなってしまった。

 今回もかさばる、という理由で持ち出すことはない……そう思っていた。

 しかし、なぜだろうか。

 今の装備でも十分だと納得しているはずなのに、妙に胸騒ぎがする。

 大抵、昔からこういう嫌な胸騒ぎは、大体当たる。

 長年の経験からくるカン、というやつだろうか?

 なんにせよ、持ち出さずに後悔はしたくない。

 すぐさま、弓を手に取った。


『懐かしい代物だな』

「ああ、僕もそう思っていた。 もう使うことはないと思っていたんだが……」

『それを持ち込む、ということは大抵ろくでもないことが起きる前触れだと認識しているのだが。 貴様のカンがそう告げているのか?』

「なんだ、嫌味か?」

『ああ、そうだ』


 ホログラムのゼクトが微かに微笑む。


「なにがおかしいんだ?」

『いや、貴様がその弓を持つと、昔を思い出すのでな。 懐かしんでいた』

「……そうかい」

『だが、それを持ち出すということは何が何でも任務を遂行する、という意思表示であると私は確信している。 無論、それを使わざる得ない状況は避けたいがな』


 無言のまま、専用のバックに弓と数本の矢を入れ、改めて装備を確認する。

 うん、大丈夫そうだ。

 これなら大抵の非常時にも対応できる。


「なら、これから現場に向かう。 現場に着いたらまた連絡する」

『了解した。 こちらも衛星で位置は把握している。 もし、報告がある場合は携帯でコールしてくれ』


 ぶつ、と音とともに音声とホログラムが消えた。

 やれやれ。

 衛星で随一位置を確認しているのか。 何が何でも監視しておきたいらしい。

 今でこそ、ホログラムなどが止まっているが、映像だけは流し続けているのかもしれない。

 ズィルバーの中でネガティブな感情が回り始める。

 そう考えてはいけない、そう頭の中で理解しても、虫が纏わりつくように脳内で張り付く。


 だが、そんなことを気にしても状況は変わらない。

 今自分に求められるのは任務遂行。

 僕はただの工作員だ。 政治家や思想家ではない。 国の中心人物でもない。

 思想も、思念も、忠義も、意志もない。

 ただ、指示通りに動く道具だ。

 そう、僕は『英雄』だなんて―ーーー


「……くそッ」


 思わず、『英雄』という言葉が頭の中で出てきてしまった自分に嫌悪感を抱き、悪態をつく。

 僕は『英雄』という言葉が嫌いだ。

 それも吐き気を催すほどに。

 ……ああ、だめだ。

 このままでは自己嫌悪に苛まれて、無駄に時間を浪費してしまう。

 ズィルバーは邪念を振り切るように首を振ったのち、少し苛立ちながらも自身の武器庫兼射撃場を後にした。

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