イルシオンシティ ルナールビル 10時45分
ズィルバーの自宅は商業地帯の真ん中にあった。
寂れた道路に、所狭しに建物が立ち並ぶジャングルのような場所にそのビルはある。
まるで陸の孤島のようにポツンと建っている古ぼけた廃ビル。
それがズィルバーの自宅兼事務所だった。
通称ルナールビル。
以前、ズィルバーが小説や漫画で見た探偵事務所に憧れて購入した物件だった。
一見すると、ただの廃ビル。
中もただの廃ビルで、本来五階建てだったこのビルは、なんらかの理由で建築が中止になってしまい、四階の天井は作られておらず、実質四階建てのビルになってしまっている。
とはいえ、作りはしっかりしており、普通に使う分には申し分ない。
住居人はズィルバーしかいないし、その分管理するのが簡単。
それに様々な依頼を受けるのに、この見た目がズィルバーにとって好都合だった。
「ふう、着いた」
ビルの駐車場に車を止め、独り言を発するズィルバー。
改めて自分のビルを見渡す。
一階には売店希望者募集中の張り紙と、何もない空間が広がっている。
本来ここは喫茶店とかを建てる予定だったらしい
。 ズィルバーが購入して以降、こんな廃墟ビルの一階に喫茶店を開く者もいるわけがなく、今ではボロボロになった張り紙が虚しく風で揺れている。
平凡だった昨日と同じ何も変わらない風景。
目まぐるしく状況が変化する中、愛するマイホームだけは変わっていない。
ズィルバーはそれを見て少し安心した。
だからこそ、ベットに直行し、惰眠を貪りたい衝動に駆られる。
しかし、それを振り切るかのように目を閉じながら首を左右に振った。
意を決して、ビルの階段へと足を運ぶ。
階段には上に上がるための階段と地下にへと続く階段が見える。
地下に続く階段を下りた先には重々しい扉が見えた。
そここそがズィルバーの目的地だった。
「やっぱり気乗りしないな」
ため息交じりにぼやきながらも、ズィルバーは階段を降りる。
その際にポケットの中から、鍵束を取り出し、扉を開けた。
そこは広々とした空間だった。
まず先に見えるのは様々な道具や武器。
弓に長剣、仕掛け武器にちょっとした小道具。
片手に装備できるクロスボウに投げナイフ。
煙幕玉に毒入り小瓶。
付呪した装飾品に魔術用具もある。
どれもズィルバーが慣れ親しんだ道具ばかりだ。
だがどれも年期が古い。
手入れこそ怠ってはいないようだが、事情を知らないものが見れば骨董品のように見えるだろう。
ズィルバーはそれらを手に取り、不具合が無いかチェックを行う。
円滑に整備を行うその様は、恐らく視界を失ってもスムーズにできることを証明していた。
「うん、よし」
どれも不具合が無いことを確認すると、一通り道具を揃え、部屋の中央に設置していた机に並べる。
そして、机に置いてあったアタッシュケースに入れ込み始めた。
「とりあえず、必要最低限の道具は揃えたから……」
任務を想定し、必要な道具や武器を吟味する。
この行為自体、ズィルバーにとって久しぶりではあった。
しかし、長年行ってきた行為というものは体が染みついているようで、無駄な思考や行動をせずにただ最善の結果だけを求める。
かさばる装備は身を滅ぼすし、かといって装備が無ければ何も抵抗ができない。
……昨日のようなへまだけはしたくない。
何もできずに目の前のか弱い存在を助けれなかった、というのはズィルバーにとって最大の苦痛だった。
「なら、武器は……っと」
武器は昨日遭遇したリザード級や病室で見たあの怪物を対処できる武器が必要になる。
今持っている拳銃は心もとない。
元々対人間用の武器だ。
柔い皮膚を貫通するだけならいいが、あんなに硬化した皮膚ではただの玩具になり果てる。
ならば、重火器はどうか? ズィルバーの脳裏にふとよぎる。
しかし、それはズィルバーの『軽快な装備で無駄のなく、対処する』というポリシーに反していた。
だからこそ、両手が塞がる重火器はあまり持ちたくはない。
かといって、昨日のように的確にナイフで急所を突き、有毒な魔力を流して殺すのは非効率だ。
それにあの時は一匹だけだったからこそ、対処ができただけで、今から赴く目的地では同時に何匹も対処する場面も想定できる。
この時点でズィルバーに求めるもの、それは……
1 携帯性を持ち、柔軟に問題を対処できる兵器。
2 なおかつ、対人間兵器ではなく、怪物を一撃で仕留められるほどの兵器。
3 リザード級、もしくは他の怪物が何体存在しているのか、規模が不明なため、継続的に戦える兵器であること。
これらの条件を満たす兵器はなかなか存在しない。
明らかに重火器はこの時点で除外される。
弾を持つ時点でだいぶかさばるし、何より弾を持ち込む数も限られてくる。
それならば、剣はどうだろうか? ズィルバーは自問自答する。
……いや、このご時世だ。
100年前なら気にならなかっただろうが、現代社会において剣は目立ちすぎる。
「いや、まてよ……」
ふとよぎった答え。
部屋の奥に進み、その奥のライトをつける。
そこはズィルバーの思い出の品や貴重品を飾っている区域だった。
例えば、いわくつきの宝石や呪われた武器や防具。
報酬の代わりにもらった絵画や彫刻などといった美術品。
そんなものを目にもくれず、ズィルバーはその奥へと突き進む。
そして、最奥にたどり着くと、腹の底から深いため息が洩れた。
それを見つめるズィルバーの表情は、硬くてどこか懐かしさと後ろめたさが入り混じっていた。
できれば対峙したくはない。
しかし、今から起こりうる事態に対処できるのはそれしかなかった。
無音。
ズィルバーとそれらの空間に冷たい空気が流れ込む。
視線の先には三つのものが、厳重に厚手の保護ケースの中で鎮座していた。
一つ目はズィルバーがかつて愛用していた弓。
様々な素材で作られた複合弓で異世界の技術と素材がふんだんに使用して作成された弓。
二つ目は現役当時に着用していたフード付き防具。
軽快さと隠密性に優れ、音を発せずに移動することができる。
付呪が施してあり、下手な鉄の鎧よりも着用者の命を守ってくれる優れもの。
三つ目は……『彼女』が所持していた魔道銃と呼ばれる、使用者の魔力を弾に変え、打ち込む兵器。
見た目はリボルバー拳銃のような形をしている。
幾何学的な装飾が施されており、実弾も打てるようにそう形状をしているのだと、昔、知り合いの魔術兵器開発者に聞いたことがある。
だが、そんな装飾も赤い血が付着している。
他の遺品はどれも赤い血がこびりついていた。
……『彼女』の血だ。
それを見るたびにズィルバーの中で何かが引き裂かれそうになる。
できれば見たくもない。
さっさと捨ててしまえばよかった。 そう思った時期もあった。
だが、この世に『彼女』の記録はない。
世界に敵に回した弊害は大きく、『彼女』は異端者であり、世界からすべてを拒否された。
今、目の前にあるものだけが、唯一彼女がこの世界にいた、と証明できる遺物だった。
いわば、これらは『彼女』の墓標のようなもの。
それを実際に使うのは気が引ける。
「だけど、これしかないか」
呪文のように自分に言い聞かせながら、ズィルバーはガラスケースから魔道銃を取り出す。
ズィルバー自身、使ったことがないが、今回の任務に最適な兵器だ。
思ったよりも重い。
なにかしらの魔術的技術が取り入れられているから当然といえば当然か。
だが、このまま試射せずに任務に持ち込むのはリスクが高すぎる。
一度、試し打ちをして具合を見よう。
そう考えたズィルバーは射撃訓練場まで足を運び、ターゲットをセットする。
「うまく動いてくれよ......」
祈るように魔道銃を構え、体の底から魔道銃へと魔力を流す。
すると、ほんのりと銃身が青白く光りだした。
どうやら、これで装填完了らしい。
どんな反動が来てもいいように、しっかりとグリップを握り込み、柔軟な体勢で構える。
意を決し、トリガーを引く。
すると、銃身から圧縮された青白い魔力の塊がターゲットへと飛んでいくのが見えた。
瞬間、けたましい爆裂音とともにターゲットを粉砕し、その後ろにあった壁さえも深いクレーターが出来上がっていた。
対し、ズィルバーは予想外の反動で大きく後ろへと後退していた。
「マジかよ……対戦車ライフルと同じぐらいの反動だぞ!?」
もし、拳銃と同じ反動と過信して、撃っていたら……そう思うだけでぞっとする。
しっかり構えてなければ、肩が外れていたか、銃身が暴れてとんでもない方向へと発射されていたかもしれない。
だが、十分すぎる威力だ。
これなら、あの化け物たちが何体襲ってこようが返り討ちにできる。
……時と場所を考えて撃たなければ色々破壊しそうだが。
「まあ、これで何とか準備はできたな。 それじゃあ、とりあえずゼクトたちに連絡しておくか」
おもむろに携帯を取り出し、ゼクトに発信する。
すると、ワンコールする前につながった。
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