イルシオンシティ ピエタアンジェロ(慈悲の天使)病院 8F VIP治療室 8:50 ②

「ゼクト、大佐なのか?」

「いかにも」


 その答えにズィルバーは困惑した。

 というのも、ゼクトも人間ではない。

 前に面と向かって話した時はこんな姿ではなかったし、ズィルバー達とは違い、魔術というものに関してはからっきしだったはずだ。

 だから、以前は幻影魔術が使えない、という理由で人目につかない場所での会話だったし、こんな堂々と昼間から人多い場所にいること自体がおかしいということになる。

 ズィルバーの頭の中に大量の疑問が増える中、ゼクトが口を開いた。


「ああ、そういえばこの姿を見せたことは無かったな」

「その、どうしたんです? 確か貴方は幻惑魔術はてんてダメだったと......」

「なに、現代の技術というのは凄まじいものでな。 魔術に適正がない者でも、魔術用品で代用することでそれに近い効果を発揮できるようになっている」

「魔術用品……ですか」

「そうよ。 これによって、誰でもこの社会に自由に動けるようになって急激に現代科学は進歩したの」

「そして、我らが世界を、いや人間を監視している。 お前が抜けた後でもな」


 残った左眼からの鋭い眼光がズィルバーを襲った。

 まるで不満でもあるかのように。

 それを見たズィルバーは生唾を飲み込み、ストレスできりきりと悲鳴を上げている腹部を軽くなぞる。

 逃げるように反論したいところだったが、事実ゼクトの言っていることは全くの正論だった。


「......まあいい。 今はそんなことよりも現状の話をしよう。 さあ、掛けたまえ」


 言われるがまま、ズィルバーとユアンはゼクトの向かい側に座った。

 そこには事前に用意されていたのか、数ページの資料が置かれている。

 軽くめくると、昨晩見た怪物の特徴やこれまでに起きた事件の詳細が書かれていた。


「本来ならこの様な会議の場合、お前達のように擬態を解除して本来の姿で望むのが礼儀だが......生憎と私のは一度解除すると、元に戻るまでかなりの手間がかかるのでな。 このまま会議をさせてもらう。 いいな?」


 ゼクトがそう言うとズィルバーとユアンは頷いた。


「よろしい。 では、まずズィルバー。 お前から報告を」


「はい。 まず僕は政府直属将軍、ゼクト将軍から命を受け、イルシオンシティのダウンタウンにある劇場『カーテンコール』に向かいました。 そこでは違法オークションが秘密裏に行われており、マルダー率いる特殊部隊、通称『シャルフリヒター』隊によって制圧。 僕が着いた頃には後始末を行なっている頃でした。 そこでマルダーが、恐らくオークションの品であった人間の子どもを保護。 そのままここ、ピエタアンジェロ病院に移送され、検査を行いました」

「そこから私が」


 ユアンがそう言うと、椅子から立ち上がり、部屋の照明を暗くする。

 そして、天井に吊るしてあったプロジェクターを起動させると、スクリーンに書類であろう画像が映し出される。

 その画像はズィルバーが昨晩見たことのある書類だった。


「ゼクト大佐の指示を受け、身体測定、魔力測定を行いました。 今映し出されているのはその結果です。 見ての通り、通常の人間の幼体と比較した場合、桁違いの魔力を保有していることがわかります。 これは我々魔術師ウォーロックと比較しても同様です」

「ふむ......大体わかった。 昨晩ここを襲ったのはこの人間の幼体が目的、そういうことだな?」


 ゼクトの問いにズィルバーが答える。


「恐らくは。 ここを襲った際、この子を取り返しに来た、と言っていました」

「......ふむ。 ユアン、被害はどうなっている? 隠蔽工作は?」

「獣人や魔術師で構成された警備員が五名重傷。 そのうち二名は息を引き取りました。 襲われた階層では人間はいなかった為、そのまま内部の者で処理しています。 ただ、病院としての機能は暫くは控えたほうがいいかと」


 ユアンがそこまでいうと、ゼクトはふう、と深いため息を吐き出した。

 それと同時にギチ、と軋む音が部屋の中で響く。


「よろしい。 では、ユアンとズィルバー両名に今後の作戦と情報を伝える。 ユアン、次の画像を」

「はっ」


 カシャリ、と画像の切り替わる音がしたかと思えば、今度は写真付きの何かの調査書の画像に切り替わった。

 写真に写っているのは.....昨日、接敵した化け物の死体だ。

 だが、映っている場所や死因も違うようだ。

 この写真は明らかに銃創が死因だ。

 恐らく、昨日の別の場所で出現した個体だろうか?


「いまから一週間前。 この街でこの未確認生命体が出現するようになった。 場所、時間は特に関連性は無く、街の住人を襲い、街の治安を著しく低下させている。 目的や行動理念は全く不明で、ショッピングモールや公共施設に出没し人間、人外種問わず襲う事例が多発している。 そこで我らはこれらの未確認生命体の死骸を調査した。 この資料はその検査結果だ」

「見ての通りこの化け物ーー以下リザード級と称しますーーリザード級は人間が何らかの要因で遺伝子が変化し、全く別物の生物として変化した姿になります。 変容した遺伝子は元の人間と比較した際、凡そ5%の変化しているのを確認しました」

「じゃあ、誰かが人間を改造して化け物にしているってことか?」

「ええ。 まだ、詳細は分からないことだらけよ」

「それがわからんから調査するのだ。 ......ユアン、追跡の件はどうなっている?」

「ええ、指示通りあの子に追跡用ナノマシンを注入しています。 それがこちらです」


 再び、カシャリと音がしたかと思えば、次は地図に切り替わった。

 地図には、赤く点滅している箇所があり、そこが発信源なのだと一目でわかる。


「追跡用ナノマシンは生体反応で発生する微弱な細胞間の電波によって、活動できるように設定されてます」

「つまり、反応しているということはまだ生きているということか」

「ええ。 この方角だと......マンザナール砂漠に向かっている、のかしら?」


 マンザナール砂漠。 ズィルバーは頭の中で関連の記憶を叩き起こす。

 ゴーストタウンと飛行機墓場として知られる場所だったとズィルバーは記憶していた。

 確夜と昼の気温差が激しく、時折雨が降ると鉄砲水のように降る、何もかもが極端な場所だったはずだ。


「フクス・ズィルバー。 すまんが追加の任務だ。 現地に赴き、人間の幼体を奪還せよ」

「......報酬は?」

「勿論、当初の値の二倍だ。 それから、今後は我々が全力でサポートする。 ユアン、例の物を」


 ゼクトがそう言うと、ユアンから小型端末と眼鏡、そして片耳に取り付けるタイプのイヤホンらしき装置を手渡された。


「小型端末はリアルタイムで目標を追えるよう設定されているわ。 あと眼鏡には小型カメラが搭載されていて、イヤホンはこちらからの指示を受けれるようにしてある」

「......これで随時、僕が何をしているかわかる、と言うわけか」

「その分、これらを使えばリアルタイムでこちらから指示できる。 昔とは違ってな」

「なら、変なことをしたら筒抜け、だな」


 冗談交じりにそういうと、ユアンがクスッと笑う。 先ほどとは違い、少し和やかな雰囲気になる。

 だが、ゼクトがそれを許さなかった。


「……ユアン、すまない。 これから、ズィルバーと個人的な話がしたい。 少し席を外してくれるか?」

「え、あ、はい。 なら、私は今後の準備に入ります」


 突然のことにユアンは驚いた様子をみせつつも、言われた通りに部屋を出ていく。 恐らく彼女は何か異様な気配を察知したのだろう。

 無論、ズィルバーもそうだった。 大抵こういったときは何か厄介なことが多い。 特にゼクト関連では。


「急にどうしたんです?」

「……敬語はやめろ。 ここでは誰もいない」


 その言葉に、ズィルバーは戸惑ったが、すぐに気持ちを切り替える。

 そして、息を吸い込み、大きなため息を吐いた。


「要件はなんだ? ゼクト」

「無論、今の貴様についてだ」


 はあ、と大きなため息がゼクトの口から吐き出されたかと思えば、同時にギチギチと何かが軋む音も部屋の中で響く。


「何故、あのような失態を犯した?」

「失態って昨日のことか? あれは不意打ちのような物だ。 誰にも防げなかった」

「本当にそうか? 私の知っている英雄と呼ばれた男はあの程度ではなかった筈だが?」

「……何が言いたい?」

「腑抜けてしまっている、と言いたいんだよ。 フクス・ズィルバー」


 そういうと、ゼクトはプロジェクターのリモコンを取り、操作をし始めた。

 カシャン、カシャンと画像が切り替わる。

 しばらくすると画像ではなく、映像に切り替わった。

 それは昨日、ズィルバーが化け物―――リザード級と対峙した廊下の映像だった。

 しっかりと化け物とズィルバーも映っている。


「この程度、私が知っている男ならば、戦闘にもならなかった筈だ。 しかし、戦闘が起きて時間をロストしてしまった」

「……ッ」

「その結果、時間を無駄にした貴様は、人間の幼体を奪取され被害は最悪となった。 これが失態以外に何と言える?」

「だから……何だってんだ?」

「この失態、『彼女』が聞いたらどんな回答が待っているだろうな?」


 その瞬間、ズィルバーは全身の毛が逆立つのを感じた。 ゼクトに精神を逆撫でされ、挙げ句の果てには『彼女』の名を口にした。

 これは侮辱だ。

 ズィルバーに対してでは無く、『彼女』への侮辱。

 そう思うと、ズィルバーの中からマグマのように怒りが込み上げてくる。


「今、なんて言った?」

「聞こえなかったか? 貴様の恩人の『彼女』のことだよ」


その言葉を耳にした瞬間、ズィルバーは瞬時にゼクトの襟首をつかんだ。


「お前、何を言っているのかわかっているのか?」

「もちろん、分かって言っている」

「ッ!!」


 激情に身を任せ、ズィルバーはゼクトを殴りかかる。

 だが、殴りかかる瞬間、ズィルバーの脳裏に『彼女』の姿がチラついた。

 もし、『彼女』がここにいたのなら何というだろうか?

 必死にこの衝突を止めただろうか?

 仲間割れをするな、と説教していただろうか?


「……クソッ」


 殴りかかった拳を寸前で止め、ズィルバーは苛立ちを抑え込つつ、拳を収める。

 ゼクトは表情を変えぬまま、ズィルバーによって着崩れた服装を正していた。


「思いとどまって助かるよ。 この魔術用品は私専用の特注品でな。 精密な構造しているから、すぐに壊れる」

「……そうかい」


 ゼクトの言葉一つ一つが嫌みに聞こえる。

 ここまで苛立つのは久しぶりだ。

 怒りで体中が怒りで沸き立つのを感じるし、何かに発散したいと本能が訴えている。

 きっと、今の心境が顔に出ているはずだ。

 唸り声こそ上げてはいないが、きっと歯をむき出しにしてゼクトを睨んでいるはずだ。

 ……情けない。 ズィルバーは心底そう思った。

 こんな無様な失態、犯すはずもないのに。


「ああ、クソッ!!」


 感情がにじみ出るように口から悪態が漏れる。

 どれもこれも、昨日からどうも調子が悪い。

 何もかもかみ合わない。

 普段のズィルバーから想像できないほど、悪循環に陥っている。

 自己嫌悪に苛まれながらも、怒りを抑えるために手で顔を覆い、小さく首を振った。

 

「そのまま聞け。 今回の任務、魔術兵装、および全クラスの重火器の使用を許可する。 こちらでも兵器を提供できるが……どうする?」

「いい。 武器なら自前の馴染んだものがいい。 そういうことなら一旦自宅に帰ってもいいか?」

「許可する。 準備が出来次第連絡しろ。 こちらも支援の準備を行う」


 そういうと、ゼクトは部屋を出ていった。


「はあ……」


 一人残されたズィルバーのため息が部屋の中で響く。

 顔を歪ませながら、頭を掻きむしり、時計を見る。

 時刻はちょうど9時30分だった。


「受けたもんはしょうがない、か」


 気が進まない。

 だが、やるしかない。

 重い足を引きずるように、ズィルバーも部屋を後にした。

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