イルシオンシティ ピエタアンジェロ(慈悲の天使)病院 8F VIP治療室 8:30




 目を開けるとそこは真っ白な天井だった。

 見慣れない光景に少々戸惑いつつも、ズィルバーはゆっくり上体を起こす。

 ......どうやら、ここは病室のようだ。

 だだっ広い部屋にズィルバーが寝ていたベットだけが、ポツンとある程度の歪な部屋。

 意識が覚醒しつつ、ズィルバーは今の状況を理解した。


「ーーーーーくそ」


 思わず出た悪態。

 もう見ることはなかったはずの悪夢。

 それが今更?

 しかも昨日の失態の後で?

 そう考えるうちにズィルバーは自己嫌悪に襲われた。


「何もかも最悪だな、どうも」


 ズィルバーは頭を掻き、目を細める。

 すると、タイミングを見計ったかのように、医療室のドアが開く。

 現れたのは、軽度の朝食を乗せた代車と、痛々しく頭に包帯を巻いたユアンだった。


「あら、起きてた?」

「......まあね。 それより君の怪我は? 僕より酷いはずだけど?」

「生憎、軽傷よ。 あなたのように気を失うほど襲われてはないし」

「そうか。 それでその後どうなった?」

「あー......そのことなんだけど」


 申し訳なさそうにユアンがどもる。


「どうした? 何か問題も?」

「まあ、ね。 .....実は来るの。 ゼクト大佐が」

「ゼクトが?」


 その名前を聞いた途端、ズィルバーの頭の中が真っ白になった。

 恐らく、今の状況はある程度理解しているようだ。

 ......となると、彼の考えは絞り込まれてくる。


「彼からの伝言を伝えるわ。『0900にて、今後の行動を決定する会議をする。 迅速に朝食を済ませ、時間厳守で当院の会議室に来られたし』だそうよ」

「マジか.......」

「一応、参加するのは私と大佐とあなたの三人だけよ。 どうやら、昨晩の事は内密にしたいようね。 被害報告もその時にするわ」

「わかった。 じゃあ、さっさと朝食を済ませるとしよう。 ゼクトのやつ、機嫌損ねると後々が大変だからな」

「その通りね。 私も会議の準備をするから、時間になったら迎えにくるわ」


 そういうと、ユアンは頭の傷を気にしながら部屋を出て行った。

 はあ、と溜息を吐きながら、ズィルバーは目の前に用意された朝食に視線を向ける。

 スクランブルエッグにコッペパン、それと紙パックの牛乳。

 それとおまけにカップ麺のきつねうどん、か。

 しかも、ご丁寧に油揚げが2枚も入っている。

 スーパーで販売しているような、市販されている物をそのまま乗せたようだ。

 どことなくそのメニューは小学生の給食を思い出させるような、そんな印象を受ける。


「卵に油揚げ、ね。 僕は東洋出身じゃあないんだが......」


 誰もいない空間で、ボソボソと小言を言いながらズィルバーは食事を始める。

 卵に油揚げ。

 これらは狐が世間一般で好物と言われている物だ。

 それは東洋の狐が好む物であって、西洋出身であるズィルバーはそこまでではなかった。

 恐らく、こういった計らいはトリスによる物だろう。

 彼女なりにも、昨日の事は何か思うところもあったに違いない。


「......」


 部屋に咀嚼音だけが響く。

 味は不味くもなければ美味くもない。 万人向けの味付けだ。

 そんな料理でも、ズィルバーは新鮮味を感じ取っていた。

 

「他人が作った料理、か」


 ふと、溢れる独り言。

 ズィルバーはその言葉をきっかけに、頭の中の古い記憶を辿る。

 ......そうだ。

 かれこれ、他人が作った料理を食したのは久しぶりだ。

 それまで、ズィルバーにとって食事というのは、必要最低限の、ただの栄養補給だと認識していた。

 だが、こうして食してみると他人が作った料理というのは、些か暖かくて、深みのある物だと実感する。

 そのせいだろうか?

 対して美味くもない筈なのに、ユアンが作ったと認識するだけで何倍も美味く感じられる。


「......うん、美味いな」


 静寂な病室で、無意識のうちに出た独り言。

 それがズィルバーの心の底から出た率直な感想だった。

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