思い出したくもないどこか


 気付けば、そこは青々とした草原だっだ。

 清々しい程の青空で、まるで絵に描いたような風景がズィルバーの目の前に広がっている。

 だが、そんな風景とは対照的に、ズィルバーの足元には一人の獣人が息が細々としながら、腹部から血を流している。

 それは女性の狼獣人だった。

 どうしてこうなったのか。

 それはズィルバー自身分かっていた。

 激しい戦闘の末、ズィルバーが負わせた傷だ。

 お互いの覚悟、お互いの理想、お互いの忠を尽くし、ぶつけ合った結果。

 .....ああ、そうか。

 これは夢だ。

 ズィルバーは確信した。

 この光景も既に遠い過去の光景だ。

 決別し、乗り越えたはずの悪夢。



「......とどめを刺せ、ズィルバー」


 その声はズィルバーにとって苦痛だった。

 忘れもしない。

 ズィルバーにとって恩師であり、親代わりであり、そして......世界の敵になった者の声。

 そんな『彼女』がズィルバーに懇願している。


「何故......何故なんだ!! なんで、あんたがこんなこと!!」


 ズィルバーは今後の展開は分かっている。

 だが身体はいうことを聞かない。

 悪夢というのは、再生するだけの単純な行動しかできない機械のように、記憶をなぞるだけ。

 展開を変えようとも、抗おうとも、どうすることもできない。



「これは必要な犠牲だ。 この世界を平穏にするには、私は古すぎる存在なのだ......」

「だからといって、あんたが世界の敵になることはなかったはずだ!!」

「ふふ......お前が思うほど器用ではない。 それにこうしなければ、世界という、ものは動き、はしない、さ」


 徐々に『彼女』の息が細くなっていく。

 それに反してズィルバーの息は荒く、酷く興奮しているのがズィルバー自身分かっていた。

 何度も、何度も頭の中に状況を反芻し、打開策を見出そうとする。

 だが、なにも変わらないことはズィルバーも理解していた。

 これは個人的な問題ではないし、たった一人で解決できる問題ではない。


「……どうした? お、前は私を殺し、に来たの、だろう?」

「……そうさ。 俺はあんたを殺しに来た。 でも、それでも俺は―――――」

「甘いぞ、ズィルバー」

 

 『彼女』は上半身だけ起こし、狼狽えるズィルバーを引き寄せ、ずい、と顔に近づく。

 興奮し、荒く熱い息がお互いのノズルに息がかかる。

 お互いの息遣いがまだ生きている証拠なのだと思い知らされる。

 だが、それも終焉を迎えていた。


「私は、この世界に歯向かっ、た逆族、だ。 そしてお前はその逆族を打ち取った英雄となる。 それはこの上ない賞賛と名誉をお前に降りかかるだろう。 だがな……」


 『彼女』は目を見開き、口を三日月に歪ませた。


「これは呪いだ。 これからお前はこの世界の期待を背負って生きていくことになる」

「……ッ!?」

「この世界を、頼むぞ。 『銀影』」


 瞬間、ズィルバーの手に握っていた短剣を、そのまま『彼女』は自らの胸元に突き刺す。

 裂かれる肉の感触。

 細く弱々しくなる吐息。

 生気が失われていく瞳。

 最も信頼し、最も愛した『彼女』がズィルバーの腕の中で崩れ、崩壊していく。


「ーーーーーあああああああああ!!!!」


 やってしまった。

 しでかしてしまった。

 やってはいけないことしてしまった。

 どんなに後悔してももう遅い。


 声にならない叫びが周囲に響き渡る。

 視界はモヤがかかり、指先がちりちりする。

 きっと。

 この光景は忘れはしない。

 ずっと脳裏に焼き付き、呪いのように幾度となく記憶にへばりつくだろう。

 これが俺の罪。

 償わなければならない罪。


 もし罪を清算できるのならばーーーー

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