イルシオンシティ ピエタアンジェロ(慈悲の天使)病院 7F 特別治療室前廊下 23:35
「畜生......!!」
ズィルバーが走る中、視界には荒らされる病院が映っていた。
爪痕の残る壁、血に染まった床、おそらく化け物と対峙して虚しくも散ったであろう、警備員の死体。
何故? ズィルバーの脳内に疑問が駆け巡る。
今回の事件のこともそうだし、この状況も理解できない。
ギリ、とズィルバーが歯軋りをする。
全てが謎だらけだ。
渦中のど真ん中にいるのに訳もわからず走り回っているのが、とてももどかしい。
だが、今はユアンとあの子供の元に急いで駆けつけるのが先決だ。
そう考え、足により一層力を込める。
時間にして、数十秒。
ユアンと子供がいる特別治療室にたどり着いた。
ドアは取り壊され、深々と爪痕によってえぐられた壁が痛々しい印象を受ける。
……いる。 確実にいる。
ズィルバーは怪物相手には意味ないと分かりつつも、懐にしまった拳銃を取り出し、強くグリップを握りしめた。
「......っ!!」
その場の勢いで部屋の中に侵入し、銃を構える。
ズィルバーの視界に入ったのは、激しい戦闘の跡と、頭から血を流し項垂れているユアン。
そして......
「なっ......」
大木を薙ぎ倒しそうな太い尻尾。
何もかもを切り裂きそうな爪。
ワニか何かを思わせるような、全てを噛み砕くことができそうな顎。
尻尾から頭にかけて、全長五メートル程の怪物。
それが息を荒くしながら、ズィルバーを睨みつけている。
......無理だ。
今の装備であの怪物と対峙できない。
今の状況で如何なる戦闘術や、知識を以ってもアレには敵わない。
そう、ズィルバーは悟ってしまった。
だが、それでも。
ズィルバーは拳銃を怪物の方へ構える。
本能や勘が無理だと告げても、ズィルバーの理性が、感情がユアンと子供を守らなければ、と告げている。
そうだ、最善を尽くせ。
自分に求められているのは、この状況を打破すること。
そのためには......
「おや、遅かったわね」
「っ?!」
ズィルバーは驚き、声の方は視線を向ける。
そこには、すやすやとベットで眠る例の子供と、それに寄り添うように寝顔を覗き込んでいる人物がいた。
フードを被っていて顔がよくわからないが、声からして女性......しかも、少女といえるほどの若い声だった。
「何者だ!? 何が目的だ!?」
「ふふっ......私はこの子の姉。 私はこの子を取り戻しにきただけよ」
「やはり、その子供が目的か。 だが、ここまでの騒動を引き起こして、はいそうですか、と渡せるはずないだろ!!」
「ふうん。 悪いけど、あなたに拒否権はないわ」
その瞬間、ドスン、と鈍い衝撃がズィルバーを襲った。
「ぐぅ!?」
吹っ飛ばされている間、ズィルバーは瞬時に何が起きたのか理解した。
少女に気を取られているうちにあの怪物がズィルバーに太い尻尾で薙ぎ払ったのだ。
勢いよく、ズィルバーは壁に叩きつけられ、壁には衝撃で深い亀裂が走る。
チカチカとズィルバーの視界の端に火花が飛び散った。
「ぐ、はーーーー」
さらに視界が暗転し始めた。 どうやら意識が落ちかけているようだ。
「別にあなたたちの命は取りはしないわ。 さっきも言ったけど、私はこの子を取り戻しにきただけ」
そういうと、フードの少女はベットで眠っている子供を担ぐ。
「じゃあ、さよなら『えいゆう』さん。 今後、二度と会わないよう、心から願うわ」
「ま、てーーーー」
そのままフードの少女は怪物の背に乗り、そのまま怪物は窓際に行く。
そして、窓を枠ごと破壊したのち、7階もある病棟から地上へと飛び降りていった。
「ーーーークソッ」
意識が完全に暗転して、ズィルバーの体から力が抜けていく。
そして、ズィルバーの視界が真っ暗になり、そのまま気を失った。
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