第九話① 建て前があるからこそのやり取りだ


「……それと、この書類なんですがねー」

「あー、もう! 解った、解ったからねーちゃんよォッ!」


 ターミナルの中央役所の窓口にて、リッチは焦ったような声を上げていた。トマルが無断でついてきてしまったが故に始末書を提出し、細菌の感染がないかをチェックした上で洗浄を行わなければならない。

 加えて、規定違反による違反金の振り込み、彼に対して説明と各種の書類を書いて提出が必要となる。その為に役所の窓口にいる名物お姉さん、ねーねーさんがつらつら説明してくれているが、彼はもう我慢の限界だった。


「必要な書類はこの一覧にある分だけだなッ!? ここに来なくてもミニドアでの送付でもいーんだろッ!? 後で送ってやるからッ! それよりドアの予約はできたのかって聞いてんだよッ!」

「……わかりましたねー。ドアの予約ももうできておりますねー。タブレットに予約番号を送りましたので、またステーションに向かってくださいねー」

「んなこたぁ解ってんだよッ!」

「おいリッチッ! いつまで待たせんだよッ!?」

「あー、もう少しお待ちくださいな旦那ァッッ!」


 カリカリしているリッチは、乱暴に頭をかいていた。ここまでの面倒に発展した原因でもあるトマルにグチグチと言われると、尚更腹が立ってくる。お前さえ来なければこんな手間をしなくても済んだのに、という言葉が喉まで出かかっていた。

 しかし今は、さっさと他の世界に逃げなければならない。いつ気が付いたランバージャック達が追ってくるか、解ったもんじゃないからだ。別の世界にさえ行ければ、こちらの居場所を特定する方法は持っていない筈だ。倒れているミヨにも、勝手についてきたトマルにも発信機の類はなかったからだ。

 金等が詰まっているリュックを背負い直し、ミヨを担いだ彼はトマルを連れてステーションへと向かおうとした。


「……あっ。あとリッチさん。この前提出いただいたミヨちゃんについての書類なんですがねー……」

「後でなッ! ミニドアでまとめて送ってこいやッ!」


 呼び止められはしたが、彼は歩みを止めることはなかった。振り向きもしないままにそう声を上げて、ツカツカと中央役所を後にする。そのままステーションに向かった彼らは受付番号を見せて手続きを済ませ、ドアを出現させる。


「……しかし信じられねぇなぁ……世界がたくさんあって、こんな風に行き来できるなんてよぉ……」


 物珍しそうな様子のトマルを無視して、リッチはドアをくぐった。彼の視界が白一色に染まり、やがては他の景色へと戻っていく。はたと気づくと、彼は違う世界に来ていた。

 この世界は、リッチが根城の一つとしている世界だった。白を基調とした高層ビルが立ち並ぶ、近未来的な世界。車が空を飛び、宇宙開発も盛んで、国は基本的に惑星単位で構成されている。当然技術力も高く、各種のレーザー兵器等の調達で、彼が懇意にしている場所でもあった。


 よく来る世界ではあるが、彼のメインのアジトがある場所ではない。招かざる客を呼ぶには丁度良い所だと思いつつ、チラリと後ろを振り返ると、そこにはトマルの姿があった。手違いでいなくなったりしてくれれば楽なのに、と彼は内心で愚痴をこぼす。


「……んじゃ、俺のアジトに行きますよ、旦那。離れてると置いてくぜ?」

「俺もさっきのドアってやつ、使えるようになるのか? あれさえあれば何をしようが、逃げることも……」

「……その辺も後で話するんで……」


 このままこの世界で土に還してやりたい気分だが、今のトマルはリッチの同行者として扱われている。下手なことをすれば中央役所から目をつけられ、今後の仕事に影響してしまう。

 さっさと諸々の手続きを済ませた後に、何処かの世界で殺そう、と彼は思いながら、帰還用の携帯呪文モバイルスペルを取り出した。



 私がターミナルへ戻った時には、リッチ達の姿はありませんでした。既に異世界へ移動した後なのか、辺りを見渡してもあのスキンヘッドの彼の姿は見えません。

 ならば、連絡をいただいたねーねーさんの元へ向かいましょう。私はステーションを後にし、中央役所へと向かいます。


「……あー。ランバージャックさん、遅かったですねー」


 中央役所の窓口では青い短髪を揺らしている、いつもの服装のねーねーさんがおりました。投げられたその言葉からも、リッチが一足先に他の世界に行ってしまったことが伺えます。


「少しドア探しに手間取りまして……それで……」

「ちなみに他の方が行かれた世界については、お答えできませんねー。個人情報ですからねー」


 彼らは何処へ行きましたか、と聞こうとして、私は彼女の言葉を受け、一度口を閉ざします。ここは中央役所の窓口、つまりは公衆の面前です。基本的に、誰がどの世界へ行ったのかという情報は、彼女の言う通り個人情報。いくらねーねーさんが協力的とはいえ、大っぴらに聞けるような内容ではありません。

 しかしそれを聞かなければ、彼らの足取りを追えない状況です。スラおばさんからのお話で、彼らのいる世界にさえ行ければ後を追うことはできるのですが、流石に異世界間での追跡はできません。となると、彼女から何とかしてお話を聞かなければならないのですが、ストレートに聞けないとなると……。


「……解っておりますよ……そうですね。少しお伺いしたいのですが、最近武器の関係の案件をいただいたのです。ただ、クライアントの要望に沿いそうな世界がなかなか見つからなくて……レーザー兵器等が盛んな世界で、何処かおすすめの世界と時代はありませんか?」


 遠まわしに、かつ解るように聞くしかありません。私の言葉を受けたねーねーさんは、ニッコリと笑いました。


「……そうですねー。そうなると、この世界のこの時代ですねー。つい最近も、武器兵器関係に強い異世界行商人の方が行かれていましたし、おすすめするならここですねー」

「ありがとうございます。結構急ぎの案件なのですが、今から予約は取れますか?」

「お急ぎとあらば仕方ないですねー。確認しますので、少々お待ちくださいねー」


 そうして彼女は手元に浮かんでいる画面をタッチでスイスイと動かしていき、少しするとあっさりと声を上げました。


「予約が取れましたねー。タブレットに予約番号を送りましたので、またステーションに向かってくださいねー」

「わかりました」

「……ランバージャックさん」


 タブレットに予約番号が届いた私が、急いでステーションに向かおうとしたその時。ねーねーさんが私を呼びました。行こうとしていた足を止め、私は彼女の方に振り返ります。


「……中央役所の窓口担当として、できる限りお仕事のお手伝いをしますねー。なのでどうかお気をつけてくださいねー」

「……ありがとうございます」

「いえいえですねー。それでは、いってらっしゃいませですねー」

「……はい」


 笑顔の彼女に見送られて、私は踵を返すとステーションへと向かいました。彼女にも、またお礼をしなければ。

 個人に関わる情報を流していただいているのです。おそらく上にバレてしまうと、何らかの処分も受けることでしょう。それを承知のうえで協力していただいているのですから、私もそれ相応のお返しをしなければなりませんね。


 そうしてステーションにたどり着いた私はタブレットの受付番号にて承認を行い、世界と時代を繋ぐ白く輝く縦に長い光、ドアを出現させました。


「……逃がしません」


 決意を新たに、私はドアをくぐりました。

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