第八話④ 幸と不幸は、読み切れないや
私は探していました。長い金髪で紫がかった青い瞳を持った幼い彼女の姿を、ミヨさんを。しかし、やってきたエリアには、彼女の姿は見えません。
トシミツに任せてから少し経ちましたが、途中で壁が壊れたかのような大きな音もしておりました。彼は大丈夫なのでしょうかと心配になりますが、ああまで任せてくれと言っていた彼です。ここは信じて、私はミヨさんを探しましょう。
「……30、31、32……」
そのエリアは廊下の両隣が牢屋になっており、鉄格子で仕切られていました。中には便器が一つと蛇口のついた手洗い場があるだけで、他には何もありません。また、鉄格子にはナンバープレートがあり、奥に行く程、数字が大きくなっています。
確か、彼女の番号は……。
「……33……34……ッ!」
No.34。34だから、ミヨさん。ようやく、彼女が収容されていると思われる牢屋の鉄格子の前までやってきました。しかし。
「いな、い……?」
そこはもぬけの殻となっており、幼い彼女の姿はありませんでした。鉄格子で固く閉ざされているその中は、しかし何となく、誰かがいたような気がします。
「……
懐から取り出した呪符を呪文で起動させると、私は放たれた衝撃波によって鉄格子を吹き飛ばしました。バラバラになった鉄格子の残骸がコンクリートの床や壁に当たって甲高い音が鳴り響く中、私は牢屋の中へと足を踏み入れます。
「……水が流れた跡がありますね……それも、ごく最近に」
中にあった手洗い場に目をやりました。そこには、乾き切っていない水滴が残っています。と言うことは少し前にこれが使われ、水が流れたということ。つまり、ここに誰かがいた筈なのです。
「……一体、何処に……?」
ポケットに入れていたタブレットが震えました。取り出してみると、画面にはトシミツという文字があります。通話をタッチすると、私はタブレットを耳元へと持っていきました。
「はい、ランバージャックです。無事ですか?」
『聞こえるかランバージャック、オレだ。ああ、身体は問題ねーよ。あんなのに負けるオレじゃねーしな』
軽く言ってのけているトシミツですが、あの化け物を相手にして全然問題ないとは。つくづく怖い人ですね。心配は要らなかったみたいです。
『……っと、そんなことはいーんだよ。さっきオレらに向かって話してたやたらテンションが高い男は覚えてるか? アイツを探してたんだが……どうもそれっぽい男が、レーザー銃かなんかで撃たれたのか、瀕死だったんだよ。んで。適度に回復させて尋問してみたら……リッチの野郎。どうもミヨちゃん連れて逃げたって言ってんだ』
「……なんですって?」
彼からの連絡に、私は眉をひそめました。てっきりリッチは、この研究所でこちらを待ち構えているものだと思っていたのですが……あのハゲ。あそこまでこちらを煽っておいて、逃げやがったとは……。
やられましたね。これは、少し厳しいかもしれません。まだこの世界に居てくれるのか、それともドアを使って逃げたのか。それすらも解らないと、どこに注力を注いで捜索したら良いか見当もつきません。こうなってくると、取れる手立ては……。
『隣の部屋に行った奴を追ったら、既にもぬけの殻だったんだとよ。どーするよ、ランバージャック……』
トシミツと頭を悩ませながらそこまで話した時、再びタブレットが耳元で震えました。何かと思って画面を見てみると、更に着信が来ています。しかもその番号は、ねーねーさんのものでした。個人の方からの連絡とは、また珍しいことです。
「すみません、ちょっとねーねーさんから連絡が来てますので、一度切ります」
『あの名物姉ちゃんから? 解った、少し待ってる』
そうしてトシミツとの連絡を一度切ると、かかってきている方の番号へと通話を繋げました。こんな時に、一体何の用なのでしょうか。
「……もしもし」
『はい、こちらターミナル中央役所ですねー……違いましたねー、これは個人用の方でしたねー。仕事の癖が抜けませんねー』
通話に出た彼女は、いつもの調子でお話されていました。余裕がある時であれば彼女との無駄話に付き合っても良いのですが、生憎、今はそんな暇もない状況です。それは、向こうも解っていると思っていたのですが。
「……すみませんが、今貴女のお話にお付き合いしている時間は……」
『リッチさんがターミナルに戻りましたねー』
すると彼女は、スッと本題を持ってきました。彼女の話を聞いた私の目が見開かれます。リッチがターミナルへ戻った、と。
「……本当ですか?」
『こんな嘘つく訳ないじゃないですかねー。しかもなんか、気を失っているミヨちゃんと、変な男の人を連れてましたねー。ギャーギャー騒いでましたので、よく目立っていましたねー』
「……今はまだいらっしゃいますか?」
『さっき窓口に来て書類をもらってましたから、そろそろ提出とドアの予約とかしそうですねー。是非急いで来てもらいたいですねー。私の方でも適当に引っ張っておきますのでねー』
「わかりました。わざわざありがとうございます」
『いえいえー。それではですねー』
何という僥倖。しかも協力してくれている彼女がその姿を見ているのですから、間違いはないでしょう。急いでターミナルへ向かわなければ。
しかし、何とか彼が行く世界が解ったとしても、その先の世界ではどうでしょうか。世界と時代が解ったとしても、何処に彼らがいるのかを突き止める必要があります。発信機やそれこそ誰か合図をくれる方でもいれば、話は早いのですが。
とにかく、不安はあれど、行かないという選択肢はありません。通話を終えた私は中央役所のドアの出現場所を表示してくれるアプリを起動させながら、急いでトシミツに連絡し、現状を伝えました。リッチがミヨさんを連れて、ドアを使って逃げたこと。今から後を追うことを告げます。
すると、彼は自分は行けないと言いました。なんでも、この世界でやることができたのだ、と。
『……頼んだぜ、ランバージャック……護衛を頼まれてたのに、すまねえな』
「……いえ、十分でしたよ。それでは、お願いします」
やること、の内容を聞いた私は、お願いしますと返しました。ええ、その方がこの世界にとっては良いことでしょうから。
そして彼との通話を終えてスラおばさんに連絡しようと思ったら、なんとそのタイミングで彼女から念話が飛んできました。
『"
「聞こえてますよ、スラおばさん」
スライム族が使える念話の魔法です。機械なしに遠距離でお話ができるのは、本当に羨ましい限りですね。こちとら通話の度にお金が発生しているというのに。
それはそれとして、私は彼女に現状を伝えようと口を開こうとすると、逆に彼女から話が始められました。
『聞いておくれよランバージャックさんッ! アタシの家族の一人がやらかしてくれたんだけど……大手柄なんだよッ!』
「……はい?」
いきなりのお話に首を傾げながらも、私は彼女の言う大手柄について詳しく聞くことになりました。そしてまたもや、私は喜ぶことになります。僥倖に僥倖が重なりました。これも、ミヨさんが居てくれて、色んな方々との交流が深まったお陰、なのでしょうか。
「……全く」
スラおばさんとの念話を終えた私は、薄く笑いました。そのまま踵を返して、走り出します。ドアの出現する場所へ、そしてその向こうにあるターミナルを目指して。
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