第八話③ 逃げるなら、余計な荷物は置いていけ
「あーあー、ご自慢のVビーストがまーあー」
リッチは監視カメラの映像を見て、溜息をついた。キョーシンが自信満々に良い研究体があるというので期待していたのだが、結局はトシミツ一人にやられてしまっている。
「ぶ、ぶ、Vビーストを一人で叩きのめす人間なんて……ば、ば、化け物はどっちだよ……」
「これが俺たちのいる世界なんだよ。ったく、こりゃとんだ期待外れだぜ……どーすんだ? あのジャージの奴、すぐにこっち来そうだぜ?」
「わ、わ~かってますよそんなことッ! こ、こうなれば被検体の他の奴らを複数Vビースト化させて、数で押してやればあんな奴……」
唖然とした後に、必死になっているキョーシンの横を通り抜けるリッチ。そのままロープで拘束され、意識なく床に倒れている少女、ミヨの元へ近づくと、彼女を乱暴に肩に担いでさっさと部屋を出て行こうとする。
「ま、ま~ってくださいよリッチさんッ! 何処へ行くつもりでッ!?」
「んなもん逃げるに決まってんだろ」
リッチは言った、逃げるに決まっている、と。完全にこの研究所で迎え撃つつもりであったキョーシンは、その一言でビックリ仰天だった。
「俺はここの研究所がどうなろうと知ったこっちゃないし、武器の代金ももうもらったしな。ジャージの奴が来ると面倒くさそうだし……んじゃ、後は適当に頑張れや。俺が納品した武器があんなら、ターミナルの連中相手でもまだマシだろうよ」
「ふ、ふ、ふ~ざけないでくださいッ! も、元はと言えばあなたが連れてきたんでしょうッ!?」
一人だけ助かろうとしているリッチに向かって、キョーシンが食って掛かる。
「あ~なたが来なければこんなことにはならなかったんですッ! 私達こそ被害者ですよォッ!? 責任ッ! あなたが責任を取って……」
「うるせぇ」
声を上げたキョーシンに対して、リッチは腰のレーザー銃を抜いて発砲した。短く青白い光線が放たれると、それはキョーシンの胸に当たって爆発を起こす。
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!!」
「んじゃ、あばよ。ミヨちゃんは貰ってくぜ。達者でな」
撃ち込んだ相手に見向きもしないまま、リッチはミヨを抱えて部屋を出て行った。ここで彼らを倒せれば最上だったが、どうもそれも無理っぽい。ならば次善策だ。ミヨと自分のものだけ持って、さっさとトンズラするに限る。
そう考えたリッチはさっさとレーザー銃をしまい、隣の部屋の鍵を開けて中へ入ると、一度ミヨを降ろした。そして置いていた自分のリュックを背負うと、ずっしりとした重みが、両肩にかかってくる。
「重ッ……色々と詰め込みすぎたかなぁ……?」
この世界で得たお金は、ターミナルへ持って行って換金しなければならない。ミニドアで送っても良かったのだが、他人を信用していない彼は、自分で得た金は自分で運ばないと気が済まない性質であった。その他にも色々と使えそうなものをかっぱらってきた所為か、持って来た時よりも重くなっている。
ため息をつきつつ、もう一度ミヨを担ぎ直すと、空いた手でタブレットを取り出して、中央役所から配信されている公式のアプリを起動した。画面をスワイプして、欲しい情報を検索する。
「……おっ、あのバーから結構近いじゃん。ラッキー、これならすぐ帰れるな。んで、えーっと……あったあった。
ドアの場所を把握した彼はタブレットをしまうと、次に懐から呪符を取り出して呪文で起動させた。一陣の風が彼と担がれたミヨを包んでいき、そのまま風の中へと溶けていく。視界が戻った時には、あのトマルと出会い、ランバージャックを言いくるめた時に使った、バーの目の前にいた。
「やっぱ便利だよなー、この
そう言いながらお店の裏側に回ったところで、彼はタブレットを取り出す。すると虚空から「承認が完了しました」との音声が響き、世界と時代を行き来できる縦に長い真っ白な光、ドアがその姿を現した。
リッチは何も躊躇することもなく、その中にと入っていく。視界が白一色に染まった後に徐々に戻っていき、いつものターミナルの中央役所の隣にある施設、ステーションに戻ってきたことを確認した。
「……さってと。んじゃ、次はアジトに……」
「おいリッチッ! なんだよここはッ!?」
今後の動きを呟いたリッチは、急に後ろから呼びかけられてギョッとした。振り返って見ると、そこには無精髭で紫がかった青い目を持ち、ボサボサの黒い長髪を振り乱しているトマルの姿があった。
「急に光出して消えたかと思ったら、何だよここはッ!? どうなってんだ、あああッ!?」
「……うーわ。何でついてきたんだよ、旦那ぁ……」
周囲のことも考えずに声を荒げているトマルを見て、リッチが露骨に嫌な顔をする。ここに来る前に元の世界で殺しておけば面倒もなかったのだが、もうここはターミナルの中だ。下手に殺しをすれば警備隊が飛んでくるし、騒ぎになって拘束でもされれば、ランバージャック達にも見つかってしまう。
勝手に連れてきてしまったが為に、中央役所へ届け出もしなければならないだろう。さっさと元の世界に送り返したいところだが、それにも諸々の手続きが必要。のんびりしている暇などないというのに、やることが一気に増えてしまった。
「……クソがよ。面倒増やしやがって……」
「おい聞いてんのかリッチッ!? さっさと説明を……」
「あーあーッ! 解った、解ったよ旦那ァッ! 説明してやっから、静かにしてくれーッ!」
周りの利用客から怪訝な顔をされていることを自覚し、トマルに伝わるようにとリッチも声を上げた。このうるさい中年を一度静かにさせないと、落ち着いて話もできやしない。言葉を遮られたトマルはとりあえず押し黙った。
ただ、憎々しげにこちらを見て舌打ちをしており、その態度はリッチを内心でイラつかせるものではあった。
「……あらー、リッチさんじゃないですかねー」
そんな目立っている彼を遠巻きに見ている、青い髪の毛を持つ一人の事務員のお姉さんがいた。彼らの様子を見た彼女は、自分用のタブレットを取り出して席を立つ。周囲には、お花を摘みに行ってきますねー、とだけ言い残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます