第七話① せっかくなんだ、派手にやろうよ
何という光景でしょうか。ねーねーさんに予約していただき、ミヨさんがいる世界と時代にやってきました。私はいつもの黒のスーツに、クリーニングから戻ってきたお気に入りの黒のトレンチコートと、その内側には無地の濃い緑色のネクタイを締め、黒い靴下と革靴を履いています。
トシミツも黒く無地の半袖のシャツに下は緑色のジャージと、柄物のくるぶしの靴下に白いランニングシューズいう、いつもジムで見かける服装のままでした。彼曰く、一番これが動きやすいから、と。にしても、この世界の季節は冬の筈なんですが、半袖一枚で寒くないのでしょうか。
今は都市の郊外に建てられた研究所と呼ばれる、二階建ての大きな建物が遠目に見える広場に集合しているのですが、目の前には私達以外にもスラおばさんを含めた、スライム、スライム、スライム、スライム……辺り一面の視界を埋め尽くさんとする、スライムの方々。
「さっ、やるよアンタ達ッ!」
「「「はいッ! お袋ッ!!!」」」
そして、それを率いているスラおばさんです。最早どれだけいらっしゃるのかも解らないくらいの、スライムの群れ。
「……あの、この方々は……?」
「掃除屋時代の、あたしの家族さね。あっ、家族って言っても血は繋がってないよ。仕事してるうちにドンドン懐かれちゃってねぇ」
私の質問に、元気良く答えるスラおばさん。前の職業は掃除屋……社会にとって要らない方々をお掃除するのが仕事さね、とおっしゃっておりましたが、それでもこんな大所帯だったのでしょうか。
「……何はともあれ、こんだけ居るんなら心強いってもんだな。よろしく頼むぜ、スライムのみんな」
「おー! お前人間の癖に面白そうだな! おれはジェイクッ! 別の世界とか面白そうだから来たんだぜー! なっ、なっ? 違う世界って面白そうだよなーッ! ところでお前らはー?」
「……ランバージャックです」
「オレはトシミツだよ。よろしくな、元気いっぱいのジェイク」
「あー! ジェイクだけズルいぞー! 俺はホーネリアだッ! なー人間、なんか食べるもん持ってないー? 腹減ったー!」
「お前はホーネリアね、よろしく。わりーが生憎、今はそんな持ち合わせがなくてな……」
「えー!?」
なお、既にトシミツは彼らとの交流を始めており、一部とは打ち解けています。なんというコミュニケーションの化け物。
「……陽動をお願いしたいとは言いましたが、まさかここまでの規模になるとは」
「来たい奴だけで良いってあたしは言ったんだけどね。ホント、馬鹿な子ばっかだよッ!」
口ではそう言いつつも、何処か嬉しそうなスラおばさんです。私は勢いに押されてズレた眼鏡を直しつつ、少し前に話し合った内容を思い返しました。
簡単に立てた作戦ですが、ミヨさんが捕らえられている建物を割り出すことに成功しましたので、スラおばさんがそこに強襲して騒ぎを起こします。その間に私と護衛をお願いしたトシミツが裏手から建物に忍び込み、ミヨさんを回収してくる、という作戦です。シンプルイズベスト。
「……本命はオレ達だからな。気を抜くなよ、ランバージャック? おそらく、リッチの野郎も来てる」
「……そうですね」
トシミツのおっしゃる通り、ネックになってくるのがリッチさんの存在。彼は武器や兵器をメインに扱う、異世界行商人です。商魂たくましい彼の事です。おそらくは、この世界でも武器を売り込んでいることでしょう。そうなると、相手はこの世界の武器だけではなく、異世界の武器で武装している可能性があります。
加えて、スラおばさんの陽動が始まれば、彼は必ずこちらの存在に、つまりは私が来たことを知るでしょう。そうなると、彼自身も向かってくるに違いありません。数多の世界にて武器や兵器を売り込み、そして生き残ってきた彼です。一筋縄ではいかないでしょう。
「……かと言って。今更引き返すつもりはありません」
私は各種持ってきた
そして、私の奥の手。一度ミヨさんの前では使いましたが、出来れば使わずに済ませたいものです。私の記憶と命をごっそりと持っていく、この力。何故こんな力を持っているのか。そもそもこの力は何なのか。それすらも、とうの昔に忘れてしまいましたし、アテにしていたリッチさんの方法も……。
「…………」
「……どうしたよランバージャック、難しい顔して?」
「……いえ、別に」
私自身の事は、この際横に置いておきましょう。今は、私のワガママで、ここまで集まっていただいた皆さんがいるのです。失敗する訳にはいきません。
「……それではスラおばさん。手はず通りにお願いいたします」
「あいよ、任せておきな。みんな、今日はよく集まってくれたねッ!」
スラおばさんが、集まったスライム達に声を上げています。
「今の職場の雇い主が、まーた面倒くさい男でねえ。女の子一人助けに行くのに、いちいち理由が必要なんだよ」
スライム達からどっと笑いがおきます。あの、ここで私の株を下げる必要、ありますか?
「……でも。それでも立ち上がったんだ。しょーもない理由見つけて、行くって決めたんだ……なら手伝ってやろうって気にならないかい、アンタ達ッ!?」
「「「オオオーッ!!!」」」
「良い返事だね、アンタ達ッ! 今から助けに行くあの子も、あたしの娘の一人さねッ! さあみんなッ! 今一度、あたしに力を貸しとくれッ! 家族の為にッ!!!」
「「「家族の為にッ!!!」」」
口々にそう言っている、スライム達。スラおばさんも、ミヨさんの事を娘が出来たみたいとは言っていましたが、もう娘で決定なんですね。
しかし、家族の為に、ですか。私としては、社員の一人、という認識しかなかったのですが……。
「……家族」
無意識の内に、私はその単語を口にしていました。覚えが全くない、自分の家族。私とて父親がいて、母親がいて、そうして始めて私が生まれた筈です。ならば私にも、そういった方々がいるのでしょうか。
もしかしてこのスラおばさんみたいに、居なくなった自分を必死になって探してくれていたりするのでしょうか。あるいは捨てられたり売られたりしたので、全く興味関心がなかったりするのでしょうか。それとも……。
「……いえ」
とめどない考えが浮かび、私は首を振りました。自分については、また今度にしましょう。自力では全く思い出せないですし。
「……そろそろ行きましょうか」
「……あいよ」
降って湧いた雑念を頭の片隅に追いやると、私は護衛をお願いしたトシミツを呼びました。せっかく忙しい彼にも時間を作っていただいたのです。あまり悠長にもしていられません。
「ではスラおばさん。よろしくお願いいたします」
「あたしと家族に任せなッ! そっちこそしくじるんじゃないよ?」
「はい、もちろんです」
スラおばさんに声をかけて、私はトシミツを連れて歩き出しました。目指すはあの研究所。その中にいる筈のミヨさんです。今は、彼女を救い出すことだけを、考えましょう。
「せっかくなんだから派手にやるよアンタ達ッ! "
「「「"
やがて、私達の後ろから威勢の良い声と共に、幾重にも重なった炎の塊が研究所へと飛んでいきました。それらは研究所の門にヒットし、爆発を起こします。開幕の花火にしては、いささか派手過ぎるのではありませんか。
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!!」
「な、なんだ今のはッ!?」
「襲撃、襲撃だァァァッ!!!」
さあ、始まりました。もう、後には引けませんね。まあ、引く気はサラサラありませんが。大騒ぎしている表門を尻目に、私とトシミツは裏手へと回っていきました。
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