第七話② 救えるものは、自分だけ


 リッチはミヨのいる研究所内でイスに座り、頭を抱えていた。彼の耳には、外で起きている爆発音や警備兵やの悲鳴がかすかに届いている。

 ミヨを連れて行った世界で、あのアフロの男、キョーシンの元にたまたま納品に来たその日に、この騒ぎだ。表では見たこともないゲル状の生物が喋りながら炎を出して襲ってくる、という悲鳴に近い報告が来ているらしい。


 この世界にいない生物の襲撃。どう考えても、ターミナルの関係者によるものだ。自分の手でこの研究所の関係者に武器を売ったとは言っても、未知の生物に対するイロハなんか持っている訳もない。状況はかなり分が悪そうだ。

 おまけに良い客だと思っていたキョーシンからも、


「あ~なたの関係者でしょう? 何とかしてくださいッ!」


 と言われている始末だ。確かに、この世界にターミナル等の異世界の関係を持ち込んできたのは自分だ。キョーシンも、上司っぽいあの方という方から苦言を呈されているらしく、ひたすらこちらに責任を押しつけてきている。それで何か状況が変わる訳でもないと言うのに、自分達の保身の為の口上だけはいっちょ前だ。


 加えて今回の件に関しては、異世界行商人の最終奥義である「やばくなったら逃げろ」が通用しない可能性がある。普段なら、武器を売った相手がその後どうなろうと、ドアを使ってさっさとその世界から逃げてしまえば良い。売った武器でその後どうなるかなんて、商人である彼の範疇ではないからだ。

 だが今回は別だ。何故なら、襲撃の相手もターミナルの関係者だからだ。ドアを使って逃げようが、同じくドアを使って追って来られるに決まっている。逃げたところで、状況は改善しない可能性があるし、それにおそらく今回仕掛けてきているのは……。


「……何があったんだよ、ランバージャックよぉ……?」


 彼の読みが正しければ、ランバージャックだ。想像できる範囲において、彼以外にここの研究所に用がありそうな輩はいない。偶然とはいえ、不老不死実験の成功体であるあの女の子、ミヨには確かに商品価値はありそうだが、その情報は一般にはまだ出回っていない筈だ。


 彼女が彼の元に来たことを言いふらしはしていたが、その事情について知ったのは、トマルと出会ったごく最近のことであり、吹聴はしていない。何なら、キョーシン達の金払いが悪くなったら自分で彼女の身を確保して、他の世界で売ろうとすら考えていたくらいなのだから。

 そうなると、彼女に用があるのは彼自身か、あるいはその関係者以外による襲撃と見て、ほぼ間違いないだろう。となると、まず先手を仕掛けてきたスライムの軍勢は、彼の事務所のハウスキーパーであるあのスライムのおばさんに縁ある者だろうか。


「……まだ奴の姿は確認してはいないが……」


 上がってくる報告はスライムに関連するものばかりで、ランバージャックの姿は確認されていない。と言うかおそらく、彼が本気を出したら、この世界の警備兵なんかでは見つけることもできないだろう。

 数多の世界を巡り、雑に死ぬことも多い異世界行商人というこの業界で、ここまで生き残ってきている同業者を、リッチは軽視しない。


 携帯呪文モバイルスペルを使いこなし、もしかしたら死ぬかもなぁ、と思って寄越したウイルスが蔓延した世界すらも、彼は生き延びてきた。その成果に難癖をつけて、報酬を値切ったりはしたのだが。

 となれば、もうリッチに残された手段は……。


「……ククク……ッ」


 そう言って、リッチは笑った。それでも彼の中には、異世界行商人としてのモットーが思い起こされていた。通用しない可能性があるからといって、全く駄目な訳ではないからだ。


「そーいやここの連中も、なんか面白そうなもん作ってたよなぁ……ちょいと利用させてもらおうじゃねーの……俺は、自分のやりたいように、生きたいんだよ……」


 今後の展開を考えつつ、彼は少し目を閉じて、自分の過去について思いをはせる。

 元々はとある世界の孤児であったリッチ。資源が少なく争いの絶えなかった厳しいその世界で、食い扶持を減らす為に実の両親に捨てられた彼は、運良くとある教会に拾われた。厳しい中でも彼に食料を少し分けてくれ、一緒に生きていこうと言ってくれた。


「苦難を乗り越えた先で、神様はきっとみんなを助けてくれます」


 人の好さそうな教会の主は、そう言ってみんなで祈ろうと促した。教会での暮らしは貧しいものだったが、幼かった彼はそれを素直に信じ、みんなで生きる為に、もっと食べたいという自分の欲求を我慢して、少ない食料を分けながら日々を過ごしていた。


 だが、それも長くは続かなかった。教会の食料を目当てに賊が主を騙して襲撃し、彼以外が皆殺しにされてしまった。圧倒的な力で持って、彼らは蹂躙された。殴られ、蹴られ、血を吐いてうずくまった。

 そうして何もかもが奪われて、一人取り残された彼。たまたま良いタイミングで気絶し、死んだと勘違いされた為に、彼だけがトドメを刺されなかったのだ。死体が転がり、無残に破壊された教会内で、ボロボロになった幼い彼は悟った。


「……神様なんかいやしない。あんなに祈ってたのに、誰も守ってくれなかったじゃないか……結局……自分を守れるのは、自分だけなんだ……こんな風に死にたくない……なら、生きて、やる……我慢しても救われないなら、好き放題やって生きてやる……ッ!」


 彼はそう思うと、一人で生きることにした。幼い彼に出来ることなどなく、それが例え賊と同じように盗み、騙し。果ては誰かを殺そうと、彼は生きることを諦めなかった。

 何度も失敗し、血反吐を吐き散らしながらも、彼は生きた。生きて、生きて、生きて、生きて……生き延びた。彼には一つの目的があったからだ。


 それは自分達を襲った賊への復讐。お前達のお陰でここまで生きることができたよ、ありがとう、という意趣返しを込めたもの。それも、ただの復讐ではない。圧倒的な力でもって、彼らを自分の思うままに蹂躙したかった。かつて自分がやられたように。

 蹂躙の為には力が必要だ。そう考えた彼は、武器類に目を付けた。武器は力であり、更にはお金になるという事を知った彼は買い集め、そして売り始める。武器商人、リッチの誕生だ。


 そうして武器を売り歩くことにしたリッチ。争いの絶えない世界において、武器はいつでも需要があった為、コネを作って顧客を増やし、彼は順調に商売をしていた。武力もお金も徐々に増えていき、それによって敵対する相手も出てきたが、彼はそれらを貯め込んだ武器でことごとく返り討ちにしていた。

 邪魔をするなら、容赦しない。彼らを思うままに蹂躙する為に、自分が自分らしく生きる為に。彼はようやく、生きている、という実感を持ち始めていた。


 しかしある時、予想だにしない事態が起こる。とある男がふらっとやってきて、一気に彼の顧客を奪い去ってしまったのだ。しかも、彼が取り扱っているのは、見たことも無いような未知の武器の数々。たちまちその男から買った武器を持った勢力は勢いを強め、それ以外の勢力も力を得ようと、その男に群がった。

 当然。勝手に市場を奪われたリッチやその他の武器商人達は面白くなく、その男の抹殺と武器の入手ルートを奪ってやろうと画策した。だがいくら策を練っても、その男は雲のように消えてしまい、捕らえることができなかった。


 このままでは商売あがったりだ。途方に暮れていたリッチだったが、ある日、その男が見知らぬ相手と口論になっている様子を見てしまう。こっそりと見てみると、話の内容は、どうやら利潤の分配について、もめているようであった。

 やがて話がこじれにこじれたのか、その男ともめていた相手が何も無いところから炎を出し、その男を焼き殺してしまった。目を丸くするリッチだったが、更にその相手は白い光を出現させたかと思うと、その中に消えていってしまったのだ。


 リッチは訳が分からなかった。まるで魔法のように何も無い所から炎を出して、光の中へ消えていった相手。そして焼き殺されてしまった、未知の武器を売っていたあの男。

 周りに誰もいない事を確認して、恐る恐るリッチはその男に近づき、彼の状態を確認した。その男は全身を焼き焦がされており、既に命はなかった。


 しかし男のポケットから、一つの見たことも無い機械が入っていたことを見つける。それはあれだけの炎があったにも関わらず、全く壊れていなかった。それを手に取ってしげしげと眺めていると、やがて虚空から「承認が完了しました」と声が聞こえ、びっくりしている彼の目の前に、先ほどみたあの白い光が現れる。

 リッチは、ゴクリ、とツバを飲み込むと、その中へ入っていった。こうして、彼は異世界行商人となったのである。


「……自分を救えるのは、自分だけだ……」


 回想から帰ってきたリッチは、もう一度、そう呟いた。自分の根底にある、その言葉を。


「……悪く思うなよ、ランバージャック? 俺を救えるのは、俺だけなんでな」


 彼は立ち上がった。その目には迷いがない。やがて彼はしっかりした足取りで、部屋を後にした。

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