第六話① 言われることは、言われるもの


「……ハァ……」


 ビルやお店が建ち並ぶターミナル内の商業エリアの横断歩道を歩いている私は、盛大にため息をつきます。隣の車道では、車に馬車に未知の生物にと、様々な乗り物に乗り込んだ方々が、同じルールに則って信号待ちをしています。

 あれから少し経ちましたが、何故でしょうか。以前よりため息をつく事が多くなりました。リッチさんからの記憶を取り戻す方法もそろそろ届く筈なのですが、気分は一向に悪いままです。


 まず、スラおばさんがずっと不機嫌なのです。顔を合わせれば、「あたしはミヨちゃんにさよならも言えなかった」と愚痴ってくるばかりで、関わるのが億劫になってきました。

 なのに、掃除等のハウスキーパーとしてのお仕事はしっかりやってくれているので、尚タチが悪いです。今日も今日とて、彼女がブーブー言いながら掃除をしているので、堪らず私は外回りに行きますと、事務所兼自宅を出てきてしまいました。


 帰りが遅くなりそうなので先に上がっててください、とは言ったものの、スラおばさんなら私が戻るまで待っている可能性すらあります。もう、今日は案件が長引きそうなのでとか適当な連絡を入れて、外泊にしましょうか。正直、これ以上グダグダ言われるのが面倒ですので、帰りたくありません。


「……トシミツのジムにでも行きましょうか」


 気分が落ち込んでいるのなら、身体を動かしましょう。健全な精神は健全な肉体に宿る、だから身体を鍛えようと彼も言っていた気がします。

 ならば、まずはドアを潜らなければ。私は目指す先を決め、ステーションへと向かいました。


「……あら、ランバージャックさんじゃないですかねー」

「……どうも」


 ステーションのたどり着くと、聞き慣れた声が。どうしてこういう日に限って、ねーねーさんがこちらにいるのでしょうか。貴方のメインは中央役所の窓口担当なのでは?


「……ミヨちゃんの件、本当に通してしまって良いんですかねー?」

「…………」


 この人もこの人とて、会う度にミヨさんの話を出してきます。と言うか、まだ書類の決済を上げていないんでしょうか。流石に職務怠慢なのでは?


「いえいえー。書類に不備があったので、リッチさんに確認を取りつつ、まだ上げていないだけですねー。別にランバージャックさんがどうこう、って話ではありませんねー」

「……そうですか」


 ならいちいち言ってこないでください。そんな思いを飲み込みながら、私はドアの当日予約をします。


「……はい、予約完了ですねー。では、ランバージャックさん。お気をつけてくださいねー。あとミヨちゃんの件、もし何かあれば早めにおっしゃってくださいねー」

「……それでは」


 チクチクとこちらを刺すような言葉を投げてくるねーねーさんに一礼し、私は白い長方形の光、ドアを潜りました。

 真っ白になった視界が開けると、そこは見慣れない街の裏路地。幸いにして、誰かに見られた事はなさそうです。


「……携帯呪文起動モバイルスペルオン、"鳩の羽ピジョンフェザー"」


 そして私は呪符を取り出すと、呪文で起動させました。やがて風が私を包み、その中へと溶けていきます。

 移動の呪符である"隼の羽イーグルフェザー"とは少し違うこの呪符。これは呪符内にて指定された箇所へ飛ぶ為の携帯呪文モバイルスペルで、事前に行き先をセットさえしておけばいつでもそこに飛ぶ事ができます。今回で言えば、ターミナルと契約を結んでいるトシミツのジムですね。


 風に包まれて少し経った後。私は彼のジムの前までやってきました。相変わらず便利ですね、この携帯呪文モバイルスペルは。

 中に入って更衣室でトレーニングウェアに着替えると、私は機材のある部屋へとやってきました。様々なトレーニング機材がありますが、今日はどうしましょうか。とりあえずランニングマシーンで身体をあっためてから、魔力ベンチプレスでも……。


「……よっ、ランバージャック。来てたのか」

「ッ……どうもです、トシミツ」


 一人でトレーニングメニューを考えていたら、声をかけられました。内心で驚きつつも振り返ってみると、このジムの主であるトシミツが、いつもの調子で手を挙げています。


「……聞いたぜ、ミヨちゃんの事」

「……そう、ですか」


 せっかくモヤモヤした気分を払拭しようとやって来たのに、ここでも彼女の名前が出るんですか。本当に、全く。


「……ランバージャック。お前、本当に納得して決めたのか?」

「……当たり前じゃないですか」

「そうかそうか、ならオレの勘違いかな? その割には全然スッキリした顔してねえのはよ」


 トシミツがこちらを覗き込みながら、そう言ってきます。その顔は、何処か怒っているようにも見えました。何せ、笑っている時に見える筈の、彼の八重歯が見えません。


「……ちなみに、オレは全然スッキリしてねーぜ? バイバイも出来ずに、居なくなりましたって事後報告だけを受けたんだからな。あのスライムのおばさんと、よく愚痴らせてもらってるよ」


 スラおばさんとも知り合いだったんですか、トシミツは。相変わらず顔の広い方です。


「……それで。今日は私に、機材を貸してはいただけないのでしょうか?」

「……いんや。金は貰ってるしな、好きにしろよ。ただお前には、一言言っておきたかっただけだ」


 そう言って、トシミツは行ってしまいました。去り際に、「せっかく同志が見つかったと思ったのに……」と、小さい声で言っていた彼ですが、何のお話でしょうか。まあ、知ったこっちゃありませんが。


「…………ハァ……」


 私はまた、ため息をつきました。せっかく気分を変えようと来たのに、ここでもまたミヨさんのお話です。ランニングマシーンのスイッチを入れて走り始めましたが、走りながらも出てくるのはため息ばかり。

 一体全体、誰も彼も何だというのでしょうか。第一、私だって事後報告だった訳です。ミヨさんにさよならを言えていないのは、私も同じなんです。彼女の一番近くにいた私がそれを飲み込んでいると言うのに、他の皆さんときたらどいつもこいつも……。


「…………」


 そんな思いばかりが募り、全然集中できなくなった私は、ランニングマシーンのスイッチを落として早々に切り上げることにしました。汗もかいていませんが、とりあえずいつものスーツ姿に戻り、トシミツのトレーニングジムを後にします。

 さっさとドアでターミナルへ帰りましょう。ジムでトレーニングしないなら、この世界に居る必要もありません。私はタブレットにて指定された場所へと向かい、ドアを出現させました。


 ああ、気分が悪い……こうなったら、ターミナルの何処かでやけ食いでもしましょうか。私は大盛りを出してくれるお店を頭の中で検索しながら、白い光の中へと足を運びました。

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