第五話③ どうしたいかとどうすべきかは違うよね
「マスターよ、こいつにも俺と同じのを一杯」
「わ、解りました……」
リッチさんの一言で、やけに怯えているちょび髭のマスターが、私の分のグラスに入ったお酒を用意してくださいました。
やってきたのは、ミヨさんがいた世界のとあるバー。何故か天井に一箇所穴が空いていたりはしていますが、それ以外は落ち着いた雰囲気のあるお店です。
そこにいたのはリッチさんのみ。ミヨさんの姿はありません。
「さあて、まずは日頃の俺達の奮闘に乾杯といこうじゃないの、ランバージャック。ほらよ、乾杯」
「……乾杯」
促されるままにリッチさんが持つグラスとぶつけ、私達は乾杯をしました。氷が入ったガラス同士がぶつかり合う甲高い音が、店内に軽く響きます。
「……ッぷはぁ! あー、一仕事の後の一杯はうめーなぁ。この為に働いてるっつっても過言じゃねーわ」
「……そろそろお話していただけませんか?」
グラス内のお酒を呑んで上機嫌のリッチさんに、私は自分のグラスに口をつけないままに話をせがみました。お酒の良い香りが漂ってきていますが、ええ、私は今日、彼と日頃の愚痴を言いながらお酒を飲みに来た訳ではありません。
「おーおー、せっかちだなぁ、ランバージャック。まあ隠すことでもねーしぶっちゃけちまうと、ミヨちゃんはこの世界で捜索願が出されてたのさ。んで、俺は彼女を連れてくるように頼まれたから、連れてっただけ……つーかお前さん、知ってたのかい?」
そう言いながら彼が取り出したのは、一枚のチラシ。そこにはデカデカとミヨさんの顔が写し出されており、懸賞金がかかっていることも合わせて書いてありました。
なるほど。最初に出会った時、彼女がしきりに「わたしの事、知らないの?」と聞いてきていたのは、自分が捜索願を出されていることを知っていたからだったんですね。
「……いえ、全然」
「だろうなぁ、じゃなきゃ助手見習いなんかやらせてねーだろうしな。どうせお前さんの事だ。興味ないとか言ってロクに彼女の背景も知らないまま、近くに置いてたんだろ?」
図星を突かれて、私は押し黙ります。確かに私は、彼女の経歴をちゃんと確認していませんでした。正直、今から真面目に働いてくれるのであれば、過去を詮索するのは面倒だと思っていましたので。
しかし、これで合点がいきました。彼女の失踪とこの莫大な懸賞金。ここから導き出されるのは、当然……。
「……ではリッチさん。あなたはこの懸賞金目当てで、ミヨさんを誘拐したって事なんですね?」
「おいおい。誘拐とはまた失礼な言い回しじゃねーの」
大げさに声を上げているリッチさんですが、私から見たらそうにしか考えられません。勝手に人の社員候補を連れ出しておいて、誘拐以外に何だと言うのでしょうか。
「俺はお前さんを助けてやったんだぞ?」
「……助けた?」
しかし、リッチさんの言葉は全く想定していなかった方向、恩着せがましい言い方でした。想像の外の言葉を受けて、私は思わず聞き返してしまいます。
「ランバージャックよぉ、お前さんずっと言ってたじゃねぇか。面倒ばかりだし、金もかかるってなぁ。最近は彼女への出費の多さから仕事まで増やしてて……まさか、覚えてねーなんて事はねーよな?」
「……言いました、が……」
次に彼から出てきたのは、私自身の過去の言葉でした。確かに私は、ミヨさんが来てからの面倒、出費の多さをリッチさんに愚痴ったことがあります。それは事実です。そして、仕事を増やしていた事も。
ミヨさん関連の出費の補填をしようと、いつも以上に依頼を受けていました。その所為もあってか、今日は仕事の途中で居眠りしてしまいましたが。
「だから俺が救ってやったんだぜ? ミヨちゃんを無理やりにでも引き離してな。お前さん、どーせ何だかんだ言って、あの子を雇おうとかしてたんじゃねーの?」
「…………」
私はまた黙ってしまいます。何故なら、リッチさんに言われた内容が、私の心を見透かしたかのようなものだったから。
「俺たちみてーな異世界行商人は、この身一つの方が色々と楽だぜ? 何かあっても他の世界に逃げりゃいい。失うものは、自分の命だけ。じゃねーと、こんなあぶねー商売なんかできねーよ。いつ何処の世界でおっ死ぬのかも、わかんねー仕事なんだしな」
「……それでも。ミヨさんはこの世界に帰ってくる事を、嫌がっていました」
長々と商売論を語るリッチさんを、私は遮ります。
「彼女は帰るのを嫌がっていました。彼女は私の元で働きたいと、そう言って……」
「あの情報について」
と思ったら。今度はリッチさんに言葉を遮られました。あの情報、という単語を聞いて、またもや出そうとしてきた言葉が引っ込んでしまいます。
「お前さんが欲しがってた、記憶を取り戻す方法。このままミヨちゃんを諦めて何もしねーってんなら……ロハでくれてやるよ」
「な……ッ!?」
私は目を見開きます。リッチさんからの提案。それは私が求めていた内容を、結構な値段をつけられたあれを、タダで譲ってくれるというものでしたから。驚かずにはいられません。
「……どーした、ランバージャックよぉ?」
「そ、れは、その……」
「無くした記憶を取り戻したいんじゃなかったのか? 自分が何処の世界の生まれで、誰が両親で、どんな風に生きてきたのか……知りたくはねーのか?」
「…………」
「お前さんって確か、気づいたらターミナルにいて、右も左も解らなかったんだよなぁ……俺には想像もできねーよ。本当の意味で、何にも知らない独りぼっち……なーんてな」
「私、は……」
リッチさんの言葉に、私は何も言えなくなりました。だってそれは本当の事だったから。自然と、視線が下へと落ちていきます。
「それを取り返す方法をお前にやる。だから、選んじまえよ」
そう話かけてくるリッチさんは、笑顔でした。
「元々縁もゆかりもなかった女の子一人で、お前は全部取り戻せるんだぜ? 世界を、過去を、そして自分を……いーじゃねーか、別によぉ。誰も彼もを助けてくれる神サマなんざいやしねぇ。俺達みてーな一般庶民が他の誰かを助けようたって、そりゃ無理な話だ。何せ、自分を救えるのは自分だけなんだからな。違うか?」
「…………」
「……それに、お前さんは選ぶだけだ。それ以上は、何もしてないだろ?」
「選ぶ、だけ……?」
「そーそー。お前さんは、自分の記憶を取り戻す事を選ぶだけ。それ以上はなーんもない。その結果、ミヨちゃんがどうこうなろうが、お前の所為じゃない。後にそうした奴が悪いに決まってんだろ。お前は何も悪くない」
「私は、何も、悪く、ない……?」
「……そーゆーこった」
一口、自分のグラスのお酒を口に含み、もう一度、リッチさんは笑いました。
「ミヨちゃんが来てから、ロクに金も溜められてなかったんだろ? 仕事まで増やしてさぁ……良いって、良いって。もうタダでやるよ。お前さんはよく頑張った。そろそろ自分の為にワガママ言ったって、誰も怒りゃしねーよ」
カツン、っとグラスを勢いよくカウンターテーブルに置きます。私はその音を聞いて、俯きかけていた顔を上げます。彼のグラスは、いつの間にか空っぽになっていました。
「……どーするよ、ランバージャック? 後は、お前さん次第だ」
真っ直ぐにこちらを見ながら、リッチさんはそうおっしゃいました。後は、私が、決める事だと。
「…………」
ミヨさんが来てからの日々。そして自分の中にある渇望。それらがない混ぜになり、思考回路が鈍くなっている気がします。どうしたら良いのかと、どうしたいのかが混ぜられた頭では、いくら考えても回答が出てきません。
「私、は……」
何とか絞り出した、その言葉。結局、私は……彼女を……自分、を……。
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