幕間 ただやるよりも、も一つ先を


「ったく、神サマなんざいねーっての……んんん?」


 とある世界に納品を済ませたリッチが、近くにあったバーのカウンターで酒を飲みながら休んでいた時。店内に貼られていた一枚のチラシに目が止まった。神を信じよ、とかいう怪しい宗教の勧誘チラシの隣にあったそれは人探しのものであり、見つけた人には懸賞金も出すと大々的に書かれている。


「……あー! 畜生がァァァッ! 何処行きやがったんだ、あのクソ娘はァァァッ!?」


 彼がポスターを見入っていたその時、荒々しくバーのドアが開けられ、無精髭でボサボサの黒い長髪を振り乱した、ガラの悪そうな男が入ってきた。

 大股でズカズカと歩いて行き、リッチとは反対側のカウンターに座ると、「おい、さっさといつもの持ってこいッ!」と紫がかった青い瞳でギロリとバーのマスターを睨みつけ、酒を要求している。


 カウンターの向こう側にて、布巾でグラスを拭いていたちょび髭のマスターは、一瞬ビクッとした後に、ため息混じりに新しいグラスを取り出して氷を入れ、そこに濃い琥珀色のお酒を注いでいく。出されたそれにお礼も言わないまま、その男はグイッとお酒を呷った。


「……プハァァァッ! 飲まなきゃやってられねぇッ! おい、さっさと次を注げッ! あー、クソッ! このビラも悪いんじゃねーのかァッ!?」

「…………」


 リッチはその男をしげしげと眺めていたが、やがて彼が取り出したビラを見て、目の色を変える。そこには、バーに貼られていたチラシと、全く同じ人が写っていたからだ。


「殺したクソアマの周辺もその姉のアジトにも、何処にもいやしねぇッ! あんなガキ一人がここまで見つからねぇもんなのかッ!? 武器もかなり使っちまったし……」

「……そこのアンタよぉ」


 大声で悪態をついている男に、リッチは声をかけた。


「あああッ!? 何だこのハゲ、気安く話しかけんじゃねぇよッ!!!」


 声を張り上げて不機嫌さを隠しもしない男に、リッチは怯まずに話を続ける。武器を扱っている職業柄、こういう粗暴な輩の相手をすることも多いからだ。


「……このチラシの子、知ってるって言ったらどうするよ?」

「……ああンッ!?」


 すると、男は酒臭い息のまま立ち上がり、リッチのところまで歩いていくとその胸ぐらを掴み上げた。


「テメーかッ! テメーが俺の娘を攫っていきやがったんだなァッ!? 答えろッ! 今何処にいやがるッ!?」

「まあ待てって、落ち着けよ。俺が攫った訳じゃねー、見かけた事があるだけだ。だいたいこんなことされたら、ちゃんと話も出来やしない。一杯奢るから、まずは話そうぜ、旦那」


 周囲が縮み上がるような男の剣幕にも関わらず、リッチは余裕の笑みを崩さない。こんな恫喝は、もう何度も受けてきた身だ。そこらの泥酔親父の大声くらい、彼にとってはどうってことなかった。

 少しの間リッチを睨みつけていた男だったが、やがて舌打ちを一つすると、掴んでいた手を離した。


「……おら」

「ありがとさん。マスター、この旦那に一杯頼むわ」


 男はそのままリッチの隣に腰掛けた。やがてマスターから出されたグラスを引っ掴むと、またしてもそれを一気に呷る。


「おおっ、良い呑みっぷりだね、旦那」

「……さっさと話しな。俺の娘を何処で見たって? ガセネタだったらぶっ殺すぞ?」

「ガセなんかじゃないさ。ただ、ちぃとばかし説明し辛いとこにいるんでね……だが、旦那が頼むってんなら、俺が連れてきてやっても良い。それにさっきの口ぶりだと、武器が入用なんじゃないのかい?」


 ギロリ、と前髪の間から強い視線を向ける男に対して、リッチは調子を崩さない。名刺を出すと、得意げに話し始めた。


「俺はこう見えて武器商人をやっててね。しかも、タダの武器商人じゃない。旦那が見たこともないような武器を、格安で提供してやるよ。ここで会ったのも何かの縁だ。どうだい?」

「どうだいじゃねぇよッ! 娘は本当に見たのかって……」


 男の恫喝を遮って、リッチはタブレットを取り出した。その画面に表示されていた、眼鏡をかけた背の高い白髪の男性の隣にいる金髪の幼い女の子の姿に、男の表情が変わる。


「テメー、これ……ッ!?」

「理解できかい、旦那? 俺は嘘なんかついてねーぜ?」


 タブレットを奪い取ろうとした男の手を、リッチがひょいっと躱す。


「おおっと、駄目だぜ旦那。これは俺の大事な商売道具なんだからな。ただし、俺と取引してくれるってんならこの写真のお嬢ちゃん、ちゃんとアンタの前に連れてきてやるよ。あと、代わりと言っちゃあなんだが……」


 そうしてリッチが取り出したのは、腰に下げていた銃だった。


「試供品に、これなんかどうだい?」

「……んだこれ、おもちゃか?」


 それは男にとってはおもちゃにも見える物だった。SF映画なんかで出てきそうな、レーザー銃のような見た目をしたそれ。火薬による鉄砲が主流のこの世界において、映画等の創作物やおもちゃ売り場でしか見た事無いようなものだった。


「おもちゃなんてとんでもない。ほら……」


 リッチはそう言うと、それを天井に向けて、遠慮なく引き金を引いた。すると銃口から、青白く短いレーザー光線が放たれる。レーザーは天井を容赦なく貫き溶かし、そして爆発した。


「う、うわぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!」


 急なレーザー光線に、店内にいた他の客やマスターが口から泡を吹いて逃げ出し始める。一番近くにいた男は驚きのあまり動くこともできず、ただ唖然とした表情でリッチを見ていた。

 騒ぎの張本人であるリッチは、ニッコリと笑っている。


「お、お前は一体……?」

「俺はリッチ。ちぃとばかし特殊な武器なんかも取り揃えられる、しがない武器商人さ。さあ、旦那……」


 天井に向けていた銃を腰に戻し、リッチは男に向かって手を差し伸べた。


「俺と商談と行こうじゃないの。大丈夫、損はさせねーぜ?」


 そう言っている彼の顔は、笑っていた。楽しそうに、笑っていた。

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