第四話⑤ 誰かの所為で、頭を下げて


「……始末書が多いですねー、ランバージャックさん」


 ターミナルに戻ってきた私は、中央役所で始末書を提出しました。基本的には行く先々の世界で迷惑をかけない、というのが暗黙のルール。騒ぎを起こした場合、こうして始末書を提出しなければなりません。


 明確に罰せられる事がないとは言え、あまりに回数を重ねれば、ターミナル内でその存在がまことしやかに囁かれている要注意人物の一覧、通称レッドリストに名を連ねる事になるのでしょう。また、損害を受けた世界からの使者が来れば話は別です。その使者と犯人との間でのやり取りとなり、必要があれば中央役所が間に入るでしょう。

 それはともかく。受付のねーねーさんの言葉に、私はささやかながら反論をします。


「……今回は、私の所為ではありません」


 あの後。防犯ブザーが鳴らされた私が急いでミヨさんの元へと向かうと、ボロボロになった建物内でその世界の警官隊に包囲されていた彼女。

 一体何をどうしたらそうなるのかと疑問に思いながら、"幻の霧フェイクミスト"で警官隊をやり過ごし、彼女を抱えて"隼の羽イーグルフェザー"でその場から離脱しました。事情については、帰ってから聞く予定です。


「でもミヨちゃんって、ランバージャックさんの所の見習いさんですよねー? あんなに幼い子なのに、頑張って仕事しようとしてたんですよねー?」

「……私の監督不行き届きです」


 しかし、返された向こうからの言葉に反論できる要素はなく、私は素直に頭を下げました。


「まあ、ここまで捕まえに来る事は早々ないでしょうしねー。今後あの世界に行く予定があるなら、お気をつけてって感じですねー」

「……それでは」

「はいはーい、またお待ちしておりますねー」


 出来れば始末書以外の用事でお伺いしたいものです。なお、仕事を依頼してきたトシミツにも既に連絡済みです。


『……まさかそんな事になるとはなぁ……仕事の失敗に対する賠償とかはいらねーから、気にすんなよ。むしろいくらか出そうか?』


 なんて心配される有り様でしたので、私は丁重にお断りしました。仕事も出来なかったのに、お金まで恵んでもらう訳にはいきません。なお、ミヨさんに通話を変わったら、彼女の持つタブレットが物凄い勢いで震えていました。もしかしてトシミツ、めっちゃ怒っていたのでしょうか。


 そんなこんなで事務所兼自宅に帰ってきた私。扉を開けた瞬間、中で来客用のソファーに座っていたミヨさんが、ビクッと身体を震わせました。その向かい側に座り、目を泳がせている彼女を私は眼鏡越しに真っ直ぐと見やります。


「……まずは何をしたのか、順番に話してください」

「え、えっと……その……カバンを引ったくったれて……」


 しどろもどろのミヨさんから、おおよそ話を聞く事ができました。要は、ムカッとしたから携帯呪文モバイルスペルを乱射したのだと。


「……話はよく解りました」

「えっ、えっと、その……あ、あの……ッ!」

「ミヨさん、こちらへ」


 戸惑う彼女を呼びます。手招きされて恐る恐る近寄ってきた彼女に対して、私は膝の上をぽんぽんと叩きました。


「ここにうつ伏せで寝てください」

「な、なんで……?」

「寝てください」

「…………はい……」


 少し語気を強めて言うと、彼女は渋々私の膝の上にうつ伏せで寝転がってきました。私はそれを確認すると、腰の所を片手で押さえ、もう片方の手を振り上げて、


「にぎゃぁぁぁああああああああああああああああッ!!!」


 ミヨさんのお尻をバチーンっと手のひらで叩きました。彼女が悲鳴を上げています。


「何かしないと示しがつきませんので、貴女はお尻ペンペンの刑に処します。まだあの世界には行かなければならないというのに……全く、何をしてくれるんですか?」

「痛ッ! 痛ァッ! いったァァァッ!?」


 喋りながらでも、私は叩く手を止めません。


「それにミスをしたら、まずはごめんなさいです。説明よりも弁解よりも先に、まずは謝りましょう。そうされないと、話を聞く気も起きません。解りましたか? 携帯呪文モバイルスペルは、しばらく回復以外のものは没収。あと、最初に謝罪が出てこなかった刑として、しばらくチョコレートもお預けです。と言うか、最近食べ過ぎですからね」

「いやぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ! ちょこは、ちょこだけは勘弁してぇぇぇええええええええええええええええッ!!!」

「駄目です。反省しなさい」

「ごめんなさぁぁぁああああああああああああああああああああああああいッ!」


 そのまま私は、説教しながら彼女のお尻を叩きました。涙ながらに謝罪を繰り返した彼女ですが、出来れば一番最初に謝って欲しかったですよ、全く。本当にこんな彼女を雇わなければならないのでしょうか?


「……ハァ……」


 私は彼女のお尻を叩きながら、ため息をつきました。

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