第四話④ 不安な彼と、怒った彼女


 お昼ご飯を終え、私達はステーションからドアをくぐって異なる世界へとやってきました。たどり着いたこの世界は、暦で言うと200X年の日の本と呼ばれる国のとある大都会。何やら節目の年らしく、各所で盛り上がりを見せています。


「では、私は私で依頼物の仕入れをしてきますが……ミヨさん、本当に一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫ッ!」


 隣にいるミヨさんを見てみると、彼女はフンス、と言わんばかりに息巻いていました。胸の部分に青いお花の刺繍が入っている、ポケットのついた子ども用の白いワンピースに、トシミツから預かっているお金等が入っている茶色い肩掛けバッグ。黒いスニーカーを履いています。

 この世界の服装に合わせたものではありますが、基本的にスーツ姿の自分と比べると何だか華やかに見えますね、どうでも良いですけど。


「いーいッ! 絶対について来ないでよッ!? トシミツさんからの要請なんだからねッ!? わかったッ!?」

「はい」


 そしてこれです。トシミツからの依頼は言わば、彼女のはじめてのおつかい。失敗しても良いと言ってはもらっているものの、やはり心配事は山程あります。

 加えて、何故か彼からは、絶対にランバージャックは手伝わないように、何ならついてすら行かないように、と固く言われております。何故でしょうか。ミヨちゃんの為にならん、とトシミツは言っていましたが、彼女のスキルアップを考えるなら、なおさら私がついて行く方が良いと思うのですが。


「んじゃ! わたしこっちだからッ!」

「……いってらっしゃい」


 不安感が全く拭えません。元気よく歩き出したミヨさんの後ろ姿を、何とも言えない気持ちで見送った私。

 まあ、依頼人からの要望なので、とりあえずは任せてみましょう。非常用の携帯呪文モバイルスペルや防犯ブザーは持たせていますので、何かあれば連絡してくるでしょうし。


 さて。私は私で、自分の仕事を済ませてしまいましょう。この世界で以前発注をかけていた電子機器の、受け取りと内容確認をしなければ。今度は型番違いじゃないと良いのですが。



「ふんふんふ~んッ! アキとユージの最新刊~ッ!」


 わたしは鼻歌混じりに歩いていた。トシミツから頼まれたアキとユージの最新刊。出版している国に来られたから、あとは本屋さんに行けば一発で終わりよ。

 しかもその本、わたしが先に読んで良いとの話までもらっている。ランバージャックさんには悪いけど、買い終わったら何処かのお店に行って、何か食べながら読もうかな。


 異世界を一人で歩くのは初めてだけど、この世界は割りと治安が良いと聞いているし。ポケットには護身用の携帯呪文モバイルスペルと、いざと言う時にランバージャックさんを召喚できる防犯ブザーもある。

 買う物を見られたくないわたしとしては、本当に最後の手段ではあるんだけど、それでも最悪の時には連絡できるから安心ね。


 そんな気分のまま、わたしは道に面していた大きな建物に入った。入り口をくぐり抜けたそこは大きなショッピングセンターになっているらしく、色んなお店があった。

 同じぐらいの子どもも走り回っているくらい広くて、油断してると迷子になりそう。引ったくりの悪ガキに注意、というポスターを流し見つつ、わたしは余計な寄り道をせずに、その中の一角にある本屋へと向かった。


「あったッ!」


 新刊コーナーと書いてあった場所に、アキとユージの新刊、初回特典の原作者と声優さんの対話ディスク付きが山積みにされていた。既にいくらか目減りしていたから、この作品の人気さがよく解る。

 と言うか、見ている側から次々と取っていかれてて、油断していると無くなってしまいそうだ。良かった、まだあって。さっさと手にとって会計を済ませようと、わたしが手を伸ばした時、


「……いただきッ!」

「あっ……」


 走ってきた同い年くらいの男の子が、わたしのカバンを引ったくって持って行ってしまった。ってあああああああッ! わたしのカバンがぁぁぁあああああああああああああッ!!!


「へへーん! こっこまでおいでーッ!」

「ま、待ちなさいよぉぉぉおおおおおおおッ!!!」


 慌ててわたしは後を追って走った。あの中にはトシミツから預かっているお金や、その他の仕事の資料が入っている。中を見られるのも嫌だが、奪われるのなんて論外だ。

 懸命に走ったが、男の子の足が早くてなかなか追いつけない。しかも買い物に来たと思われる人の合間を縫って逃げるので、必然的にわたしも人混みに飛び込まざるを得なかった。

 さっさと買い物を済ませて、何処かでゆっくりお茶をしながら優雅に買った漫画を読もうと思っていたのに、どうしてわたしは汗だくになっているんだろう。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ……」


 やがて体力がなくなったわたしは、その場で膝に手を置きながら荒く息をしていた。は、肺が痛い。この世界に馴染めるようにと、せっかく買ってもらったワンピースも汗でベトベトになってしまっており、髪の毛もグシャグシャだ。


「あれー? もー終わりー?」


 少し先に、引ったくった少年がこれ見よがしにわたしのかばんを見せつけてきている。その態度が単純にムカつく。ムカッとポイント、プラスワン。


「おっせーのッ! 何だお前、大したことねーなー!」


 ムカッとポイント、プラスツー。あっ、額に青筋が出てる気がする……。


「おしーりぺんぺーんッ! ぎゃーはっはっはっはッ!」

「…………」


 自分のお尻を叩きながらこちらを馬鹿にしてくるその姿を見て、わたしのムカッとポイントが限界突破した。この世界には仏の顔も三度までという言い回しがあるらしいが、つまり三回やられたら怒っても良いという事。

 酷い疲労感もあって、ここまでの狼藉を笑って許してやる程の余裕もない。呼吸を整え、ゆっくりと起き上がったわたしは、ポケットの中のある物を取り出した。薄っぺらい片手でそれを真っ直ぐと男の子に向けると、一度深呼吸し、わたしは叫んだ。


「すー、はー…………携帯呪文起動モバイルスペルオン、"雷の剣ライトニングブレード"ォォォッ!」


 直後。わたしが向けた呪符が光り、そこから雷が放たれた。思い知れ、トシミツをも一撃ダウンさせたわたしの怒りの雷ィッ!

 でも、わたしが狙った男の子の方へは向かわず、見当違いの方向へと飛んで壁に激突する。雷を受けた壁が音を立てて砕け、そこら中に破片が飛び散った。


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああッ!!!」

「な、何だ今のはァァァッ!?」

「た、助けてくれェェェッ!!!」

「あ、あれ……? 真っすぐ、飛ばない……?」


 急な破壊音に周囲から悲鳴が上がっているが、わたしは聞いてなかった。彼に向かって真っ直ぐ撃ち込んでやろうと思ってたのに……おっかしいなぁ。ランバージャックさんに使い方は教わったのに、全然違うとこ飛んでっちゃた。


「……あっ。呪符が曲がってたから……」

「う、うわぁぁぁああああああああああああああああああんッ!!!」


 わたしの納得よりも先に、彼は泣きながら逃げ出した。カバンを持ったまま。


「ッ!? ま、待ちなさいよッ! せめてカバンは置いてけーッ! "雷の剣ライトニングブレード"ォォォッ!!!」


 逃げ惑う彼の近くに雷を撃ち込みながら、わたしは彼の後を追う。びっくりして忘れてしまったのか、男の子はカバンを持ったままだった。

 次こそは、と狙いをつけるが、相変わらずわたしが放った"雷の剣ライトニングブレード"は、狙ってもない四方八方へと飛んでいく。あんまりに当たらない携帯呪文モバイルスペルと逃げる彼にイライラが更に募って、わたしはもう手持ちの呪符を次々と放った。ヤケクソだ。


「置いてけェェェッ! 置いてけェェェッ!!!」

「うわぁぁぁああああああああああああああああああんッ!!!」


 逃げ惑う人でごった返しており、更に後を追いにくくなってしまったので、わたしは携帯呪文モバイルスペルをそこかしこに撃ち込みながら後を追った。

 それを見た周囲の人々は、まるで蜘蛛の子を散らすように道を開けていき、男の子の背中がよく見えるようになる。


「おかーさぁぁぁんッ!!!」


 やがて祈りが通じたのか、男の子はカバンを放り投げて何処かへ行ってしまった。慌てて投げられたカバンを拾い、中身を確認する。


「……良かったぁ、全部入ってる……」


 安堵してわたしは、さて、本屋さんに戻ろうと、後ろを振り返る。

 そこにはわたしが撃ち込んだ"雷の剣ライトニングブレード"の所為で、壊滅している通路やお店の数々が……。


「…………」


 背中に冷や汗が流れるのを感じたわたし。や、やっちゃった……怒りに身を任せて、気が付いたらエラいことに……瓦礫から粉塵が舞って、わたしは思わずゴホゴホと咳き込む。


「……と、とりあえずは本さえ買えればッ!」


 そう思って恐る恐る先程の本屋さんに戻ってみると、既に中には誰もいなかった。しかも、


「……売り、切れてる……」


 さっきまで積まれていた筈のアキとユージの最新刊は、綺麗にその姿を消していた。わたしが追いかけっこしている内に、全て買われてしまったらしい。


「う、ううん! 他の本屋さんに行けば、まだ……ッ!」


 そう思って歩き出そうとしたその時。防護服に身を包み、POLICEと書かれた半透明のシールドを構えた男の人達が、出ようとしていた入り口を塞ぐ形でずらりと横に並んだ。

 顔を覆っている透明な仮面の向こうには真剣な表情が浮かんでおり、やがてその後ろにいる男の人が荒々しく声を上げる。


「貴様は完全に包囲されているッ! 無駄な抵抗はやめて、大人しく降伏しろッ!」

「    」


 あれでは外に出られない。ポケットを探ってみたが、既に携帯呪文モバイルスペルも品切れだった。もうわたしに残された手段と言えば……。


「……あは、あははははは……」


 それを見たわたしは、乾いた笑い声を上げる。そしてポケットに残っていた防犯ブザーを取り出して、ゆっくりとブザーのスイッチを引っこ抜いた。

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