第四話③ 恋は自由だ、文句あるのか?


『俺は……お前とずっと一緒にいたいのに! どうして、解ってくれないんだ、アキッ!』

『ダメだよユージ。僕らのことなんて、周りが許してくれないさ……』

『周りなんてどーでもいいッ! お前は、俺のことどー思っててんだッ!』

『僕は、僕は、……一緒にいたいに決まってるだろ、バカッ!』

『……やっと、本音で喋ってくれたな』

『言ったらもう止まらないんだよッ! やめてくれよッ! せっかく……せっかくお前を突き放すって決めたのに……心が揺れちまうッ!』

『いいさ。存分に揺れろよ。そんで疲れたら、俺んとこに来い。優しくしてやるぜ?』

『……バカッ! この……バカ……バカーッ!』


「…………。これが、恋……」

「誰ですか、ミヨさんにボーイズラブを観せたのは?」


 トレーニングに行った日から少し経ちました。

 あの食いしん坊の化身とも言えるミヨさんがご飯時になっても出てこないので、不審に思って彼女の部屋を開けてみたら。男の人同士が抱き合っている映像を、板チョコレートをかじりながら目を輝かせて見ている彼女の姿を見つけます。


「ッ!? ち、ちょっとッ! 勝手に開けないでよッ!!!」

「ご飯だと何度も呼んだじゃないですか。今日はこの後に、別の世界に行く予定もあると言うのに……」


 部屋にはチョコレートの袋や箱が散乱しています、どんだけ食べてるんですか、流石に多すぎでは。あと、勝手に開けたのは悪いと思っています。でも何度呼んでも返事もしないのは、流石にそちらにも瑕疵があるのでは。

 いえ、それは良いのです、それは。


「……誰の入れ知恵ですか?」


 問題は、ミヨさんが見ている作品についてです。恋愛に興味を持つこと自体を、否定することはしません。それが例え異性ではなく同性同士であったとしても。

 このターミナルにはそれこそスラおばさんのような人間以外の種族も多くおりますし、人と人外の夫婦だってザラです。それを考えれば、同性同士の恋愛を見ること自体に偏見はありません。


 ただ、初っ端から変化球を観ていること。そしておそらくはそれを促した人物がいる事については、流石に気になります。ミヨさんが自分自身でボーイズラブの作品に飛び込んで行ったとは、あまり思えませんし。


「だ、だだだ誰かって何よッ!? わ、わたしは自分で気になったから見てるのッ! 悪いッ!?」

「……いえ別に」


 悪いなんて思っておりませんとも。そういう世界があることも、よく知っておりますし、何なら男しか居ないのに成り立っている世界も知っております。

 しかし、何故か焦っている彼女ですが、何度尋ねても口を割ろうとしません。口ぶりから、おそらく誰かに影響されたことは間違いないのですが……。


「……っと、連絡が」


 あーだこーだとミヨさんとやり取りしていたら、タブレットが震えました。取り出して画面を見てみると、そこにはトシミツの文字があります。


「はい、ランバージャックです」

『よっ、ランバージャック。元気か?』

「はい、一応は」


 トシミツのいつもの爽やかな声が聞こえてきます。相変わらずですね。彼の安定感には、一種の安心さえ覚えます。時期的な疑いはありますが、彼がミヨさんをボーイズラブの世界へ唆した可能性は、まずないでしょう。


「それで、何か用ですか?」

『ああ、実はミヨちゃんに頼みがあってな』

「ミヨさんに?」


 私は首を傾げました。私ではなく、ミヨさんに頼みと。


『ああ、ちょっとしたお使いさ。ランバージャック、確か今日の昼にとある世界に行くとか言ってなかったか?』


 そうしてトシミツが口にしたのは、確かに私達が今日の午後から行く予定をしていた世界でした。ええ、はい。その通りですが。


『そこでオレも、ちょいと欲しいもんがあってな。しかもそんな大したもんじゃないから、お前に頼むのも気が引けるんで……せっかくだから、ミヨちゃんにお願いしてみようかと』

「……良いんですか? ミヨさんにはまだ、そういったやり取りはさせたことありません。ちゃんと持ってこれる確信なんて……」

『別に趣味の範囲内だから、失敗してもそんな目くじら立てないって。ランバージャックだって、なんか彼女にやらせてみたいとか言ってただろ?』


 確かに、この前のトレーニングの後に、彼女に任せられるような丁度良い案件が欲しいとは言いましたが。


『だから、オレが頼んでみようかなってな。ガチの案件じゃねーから、気楽に頼むさ』

「……良いんですか?」

『気にすんな。お前とオレの仲じゃねーかよ』

「ありがとうございます。では、お願いしたいと思います」

『おーう。オレとしちゃ、もう少し顔を出して欲しいもんなんだかな……』


 そう言えば、最近は忙しかったので、あまりジムへは行けておりませんでした。


「お仕事が一段落しましたら。では、ミヨさんと代わりますね」

『おーう、待ってっぞー』


 そうして、私はミヨさんに事情を説明すると、彼女にタブレットを渡しました。さて、彼女はちゃんとお仕事できるんでしょうかね。


「……ええええええええええええええええええええええええええッ!?!?」


 なんかめっちゃ驚いてるんですけど。



『……出たか同志ミヨ。良いか? この仕事はお前にしか頼めねぇ。しかも、絶対に失敗できたい類のもんだ……覚悟を決めてもらうぞ?』

「……ええええええええええええええええええええええええええッ!?!?」


 ランバージャックさんからタブレットを受け取ったわたしが電話に出ると、トシミツが真剣な声色でそう言ってた。


「そ、そんな大事な事なの?」

『ああ、大事だ。お前にも貸してるアキとユージの……最新刊が出る。しかも初回特典付きのだ』

「その話詳しく」


 アキとユージはさっきランバージャックさんが入ってくるまで観ていたもので、わたしに恋を教えてくれた大切な作品だ。それの最新刊が、しかも初回特典付きで出るというのなら、話を聞く価値は十分にある。


『そう言ってくれると思ったぜ。アキとユージは、お前がランバージャックと行く世界で発行されてる。いつもは自分で買いに行ってたんだが、生憎外せない仕事が入ってな……そのタイミングで、お前がその世界に行くと聞いた。やっぱ最新刊はすぐにでも読みたいし、初回特典も欲しい。だから頼むんだよ』

「わかったわ」


 話を聞いたわたしは、すかさずオッケーを出した。ようやく連載中の話を全部確認して追いついたのよ。続きが出るなら、わたしだってすぐに読みたい。


『流石は同志ミヨ。即答とは恐れ入る』

「アンタこそ、良い情報をありがとう」

『場所とかその辺のデータを送りたいんだが……絶対に、ランバージャックにバレる訳にはいかん』


 わたしがまだタブレットを持っていない所為で、この辺の連絡が上手く取れない。トシミツは自分の趣味を意地でもランバージャックさんにバレたくないらしく、この辺りは徹底している。

 今日は見つかってしまったけど、わたしもこれ以上ランバージャックさんに不審がられる訳にはいかない。わたし達の利害は一致していた。


『今日の午後に、時間指定でその辺りをまとめた手紙をミニドアで送りたいんだが、受け取りはできるか?』


 ミニドアとは、ステーションでいつもくぐっているドアの小さい版。手紙とか物のやり取りの際に使われていて、普通のドアよりもお金がかからなくて手軽なのだとか。郵便と宅配が一纏めになったようなイメージだ。


「わかったわ。絶対にランバージャックさんに見つからないように受け取る」

『頼もしい言葉だな、同志ミヨ。今回の成功の暁には……大人の冊子の入門編、同人誌のR15バージョンを渡そう』


 彼のその言葉に、わたしは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「な、なら……い、今までのよりも……?」

『ああ……絡みが激しいぜ?』

「わたし頑張るッ!」


 報酬も弾んでもらえるということで、わたしは声を上げた。やったッ! 今までのだと匂わせしかなかったけど……遂にキス以上のものが見られるかもッ!

 ランバージャックさんが不審そうにこちらを見ている中で、わたしは頑張るぞ、と心の中で気合いを入れた。

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