第四話② 二面性をね、垣間見ました
「え、えーっと、たしかさっきのところで……」
わたしは忘れたカバンを取りに、さっきランバージャックさんがトレーニングしていた部屋へと戻った。
あのカバンの資料を見ておいて、と言われてるので、また確認しないと。正直、わかんなかったり難しい単語とかがいっぱい並んでて、ちんぷんかんぷんな所はあるけど……。
「……それでも、頑張る……ッ」
ランバージャックさんの側に置いてもらう為にも、諦める訳にはいかない。わたしだって少しは、死ねない以外にも役に立つもん……って、あれ?
「閉まって、る……?」
そう思って先ほどの部屋に戻ってきたら、扉が閉まっていた。えっ、何で? さっきまで開いてたじゃない。きっとさっきのランバージャックさんのトレーニングが終わったから、トシミツさんが閉めて行っちゃったんだ。
「ど、どうしよう……あっ」
このトレーニングルームは目の高さに窓がなくて、上と下に小窓がついている。どうしようかと困っていたら、部屋の下にある小窓の一つが空いていた。良かった。わたしならあの小窓から入れそうだ。
勝手に入ってごめんなさい。ちょっと取って来たら、すぐに出て行きますから。そう心の中で謝ったわたしは身をかがめて、小窓から中に入った。うん、良かった入れて。
そしてそこでわたしの目に飛び込んできたのは……。
「うおおおおおおおおおおっ! ランバージャックの汗うめぇぇぇええええええええええっ!!!」
「 」
トシミツさんが一心不乱に舌を出して床を舐めている光景だった、誰か助けて、わたしこの光景を脳みそが理解できないの。
「あんな……あんなちんちくりんの女の子の為に強くなろうだなんて……オレなんか……オレなんかお前のために強くなろうっていつも頑張ってんのにッ! ポッと出の小娘なんかにッ! オレのランバージャックがッ!」
「ワタシ、リカイデキナイ。サッキノイケメントレーナーガ、ユカノアセヲナメナガラゼッキョウシテルナンテ……」
なんだろう。わたしは夢を見ているのかな。イケメンで綺麗な顔をぐにゃりと歪ませた彼が本当に先っきの人と同一人物なのかがわかんない。
「……はッ! 小娘貴様ぁ! いつからそこにッ!?」
「……あッ! え、えーっと……」
あっ……み、見つかっ……。
「よくも俺の貴重な床舐めシーンを見たなッ! 見られたからには生かして帰さんッ!」
「え、えええッ!?」
よ、よくわかんないけど、わたしの第六感が危険を鳴らしていた。わたしは慌てて部屋を出ようと、扉の方へ回れ右して、かかっていた鍵を開けてそのまま逃げようとする。
「逃さんッ!」
「わわわッ!」
でも鍵を開けたところで、トシミツさんに服の首根っこを掴まれてしまい、トレーニングルームの方へと戻されてしまった。勢いよく引っ張られてわたしは身体が宙に浮き、そのまま投げられて床に尻もちをついてしまう。
「いたたた……」
「フフフ……いけないお嬢ちゃんだなぁ……人にはそれぞれ、他人に見せたくない事があるんだよ……それを見ちゃったら……ねぇ?」
「ひぃぃぃッ!!!」
ニヤ~っとした笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくるトシミツさん。怖い。純粋に怖い。
「フフフフフ……ここまで上手く隠し通してきたってのに、まさかランバージャックんとこの小娘に見つかっちゃうとはね……まあ、丁度いい。恋敵は少ないに越したことはねーからなぁ……」
「あ、あわわわわ……」
「さあ……勢いつけて死ねぇぇぇえええええええッ!!!」
そのままわたしに飛びかかってくるトシミツさん。駄目だ。わたしは死ねないけど、おそらく昔みたいに言葉で言い表せないような酷い目に遭う。終わった。そう思ったわたしは目を閉じた。
「ミヨさん、まだですか?」
「お嬢さん、忘れ物だぜ。全く、次は気をつけろよ?」
「え、えええええええええええええええええええええッ!?」
しかしランバージャックさんの声がしたと思って目を開けると、そこにはキラキラした顔と表情で紳士的にわたしに手を差し伸べている、トシミツさんが居た。わたしの動揺が止まらない。
視線を移してみると、扉を開けたランバージャックさんが、ため息混じりにこちらを見ているのが解った。
「……すみませんね、ウチのミヨさんが」
「なんだなんだランバージャック。娘の代わりに謝るお父さんか? 似合ってねぇな」
「そんなことは私が一番よく知っています」
「ははは、そうかそうか」
そのまま何事もなかった様に二人は話しているけど、えっと、わたしはどうしたら良いんだろう?
「……では。私はシャワー浴びてきますので、ミヨさんをよろしくお願いします」
「オーケーオーケー」
いつの間にか。わたしはランバージャックさんがシャワーを浴びている間に、トシミツさんに見てもらうことになっていた。
えっ、嘘。わたし、どうなっちゃうの……?
・
・
・
「……で。アンタはランバージャックさんの事が好きなのね?」
「はい。おっしゃる通りです」
あれから少しして。わたしは目の前で正座しているトシミツさん……ううん、トシミツに話を聞いていた。
ランバージャックさんが行った後。再びわたしに襲いかかって来た彼だったが、護身用にと持たされていた
まさか反撃されるとは思っていなかったのか、雷をゼロ距離でモロに喰らったトシミツは床に倒れ伏した。そうして親の仇なんじゃないかと思うような目つきでこちらを睨みつけて来たので、
「……次なんかしたらこれ鳴らすわよ?」
「誠に申し訳ありませんでした」
わたしがランバージャックさんに持たされている防犯ブザー(通報、魔法による相手の捕縛と無力化、ランバージャックさんへの連絡込み)を取り出したら、綺麗な土下座をかましてきた。とりあえず、危機は脱したみたいだった。
そうして話を聞いてみたら、こういう事だったということだ。
「綺麗な翡翠色目に綺麗な白髪。それを引き立てる眼鏡と整った顔立ち、引き締まった身体……一目惚れだったんだよ……」
「そ、そうなの……」
「トレーニングにかこつけてランバージャックとのくんずほぐれつッ! そうして流した彼の汗を舐める至福の一時ッ! 今の今まで誰にもバレずに隠し通してきたってのに……よりによってポッと出の泥棒猫なんかにバレちまうとはなァッ! おしまいだッ! オレはもうおしまいだよッ! もうどうだって良いんだ何もかもがッ!!!」
何か吹っ切れたような勢いで喋っているトシミツだけど、一つ困ったことがある。
「……好きって、どういう意味?」
わたしは首を傾げていた。ぶっちゃけ、わたしには恋愛というものがよく解らない。ランバージャックさんの事を好きか嫌いかと言われたら好きの方に分類されるんだろうけど、恋愛とか言われてもイマイチピンとこない。
「……そっか。まだ恋も知らないのか、お前。良いだろう。オレがお前に、恋を教えてやる」
そう言うと、トシミツは床の一部を思いっきり踏みつけた。するとその床がめくれ上がって、下に続く階段が現れる。
「着いてこい」
「う、うん……」
促されたので防犯ブザーに指をかけつつ黙って着いていくと、降りた先には壁中にランバージャックさんの写真が貼ってある部屋があった。思わず身体をビクッと震わせてしまう。
「そうだなぁ、初心者にはこの辺か……」
そんなわたしに構わずに、トシミツは本棚を漁っていた。やがて目的のものを見つけてきたのか、わたしに一冊の本を差し出してくる。
「これを読んだら、恋が何か解る筈だ。もう襲いかかったりしないし、ここにある本とかDVDは好きに見て良い。だからどうかオレの趣味は誰にも言わないでくださいお願いします、この通りですから」
土下座している彼から受け取った本の表紙には、綺麗な顔の男の人同士が抱き合っているという本だった。
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