第四話① 一面を見ても解らぬことばかり
「ハァァァッ!」
私は拳を乱れ打ちしました。
現在、とある世界に行った私はトレーニングジムにて、男性のジムトレーナーと組み手の真っ最中です。このジムは、各世界の武術や護身術を教えてくれる、ターミナルでも有名な場所。護身術のプランを受講している私でしたが、最近難易度を上げました。
「もらった……ッ!」
拳の乱撃で、受け止めた相手の身体が少し硬直します。その機を逃すまいと、蹴りを放ちましたが、
「……甘いッ!」
私の蹴りは謎の力によって受け流されてしまいました。相手を狙った筈なのに、まるで相手の周囲に見えない壁があるかのような、不思議な感覚……。
「隙あり、だ」
「ク……ッ!」
蹴りをいなされて体勢を崩したところにそのまま相手の拳で反撃をもらった私は、床に倒れてしまいました。ああ、まだまだ、ですね。
「……まだまだ未熟だな、ランバージャック」
起き上がりながら眼鏡を直していると、ジムトレーナーの彼、トシミツからそう声をかけられました。
「……やれやれ。本当に強いですね、貴方は」
「それだけが取り柄だからな。だが、動きは良くなってきてるぞ。せっかく基礎身体能力は人一倍良いんだから、後は鍛錬あるのみだ」
立ち上がった私に、トシミツはそう声をかけてくれます。
黒く無地の半袖のシャツから覗く細マッチョな筋肉。下は緑色のジャージを穿いていて、短い茶髪は整髪剤で整っており、汗をかいていても何故か清潔感があります。背は私より少し低いくらいですが、髪の毛と同じ茶色い大きめの瞳と、笑った時に見える八重歯が、彼の顔を少し幼く見せています。
しかしその実力は本物で、数多の世界で武術を学び、そして生き残ってきた彼。ターミナルの存在を知った彼は契約を結び、自分の世界でトレーニングジムを開きました。
そして異世界からのお客も入れて、各種の運動や身体の動かし方や、護身術を教えて生計を立てています。依頼があれば、たまに護衛なんかもするのだとか。
「もう少しキツめのメニューでも、ランバージャックなら行けそうなんだけどなぁ……」
「……私としては、自分の周りを守れる必要最小限の力で十分なので」
「じゃあ、オレが襲ってきたらどーすんだ?」
タオルと取ってきて汗を拭いていた私は、答えに窮します。それは、困りますね。
「……ま、いいさ。昔よりマシになったからな」
答えずにいると、同じようにタオルで自分の汗を拭っていたトシミツが、そうおっしゃいます。マシ、とは。
「……そうでしょうか?」
「ああ。自分の身だけを守るじゃなくて、自分の周りを守る動きになった辺りは、特にな」
「…………」
その言葉に、私は汗を拭いていた手の動きを止めます。
「ら、ランバージャックさん、だ、大丈夫?」
ふと顔を上げると、そこにはミヨさんの姿がありました。そうだ、この後仕事があるから、彼女も連れて来たんでしたっけ。
「あの子かい?」
「……別に。ただ一応。試用期間とはいえ、ウチの社員ですので。面倒は見なくてはいけませんから」
ニヤっと笑っているトシミツですが、私は首を振りました。多分、ミヨさんの話もご存知なのでしょう。リッチさんが各方面に言いふらしているみたいですし。
「そうかい……ま、いいさ。じゃあ、今日はここまで。また次のトレーニングでな。遅れんなよ」
「……ありがとうございました。行きますよ、ミヨさん」
「う、うん……」
私はさっさと頭を下げると、身体を洗う為にシャワー室へ向かいます。拭いたとはいえ、まだ汗臭いですからね。その間、ミヨさんには次の世界の資料でも読んでいてもらいましょうか。
「……あ、ま、待ってッ! カバン、忘れてきちゃって……」
シャワー室に着いた頃、ミヨさんがそんな事を言い出します。確かに見てみると、彼女に持たせていた手提げかばんの姿がありません。おそらく、先ほどの部屋に置いてきたのでしょう。
「なら早く取ってきてください」
「わ、解ってるわよッ!」
焦った様子で引き返していくミヨさんですが、本当に大丈夫なのでしょうか。
まあでも、ここはトシミツのトレーニングジムです。イケメンで女性ウケも良く、気配りも抜群の彼がいます。ミヨさんが何かやらかしたとしても、彼が何とかしてくれるでしょうが……。
「……一応。少ししたら様子を見に行きましょうか」
とは言え。他の方に迷惑をかけると、私の信用にも関わります。少ししても戻って来なかったら、様子を見に行きましょうか。シャワーはそれからでも、遅くはありません。
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