第二話④ 貴女には、関係のない話でしょう?


 以前、私を庇ってくれた時のように、彼女は両手を精一杯横に広げています。


「……何でしょうか?」

「ランバージャックさん……どうする気、なの……?」


 どうする気とは。そんなもの決まっているじゃないですか。


「ジェーンさんの生体チップをいただきます。私の仕事は、あれを取ってくる事ですので」


 何を当たり前の事を聞いているのでしょうか。


「さ、さっきのタブレットのやつ見てないの!? あれを取られたら、あの子が……」

「見ましたよ。どうなるのかも、知っております」


 ええ、可哀想だとは思います。


「だ、だったらどうして……?」

「それが、私の仕事ですから」


 私はミヨさんを真っ直ぐに見据えます。


「良いですか? 仕事とは、誰かにとって必要な事を行い、その対価として金品を受け取るものです。そこには、信頼というものが関わってきます。この人になら任せられる、という信頼が。これは、とても大切なものです」

「…………」


 ミヨさんは、黙って私の方を見てみます。


「信頼は、頼まれた仕事をこなし、それを積み重ねる事でしか得られません。一度でも失敗すると、この人は失敗した事がある、と言うレッテルを貼られてしまいます。そのレッテルは、二度と消せません……ここまでは、解りますか?」

「……うん」


 彼女に問いかけると、解ったと、そうおっしゃいました。


「ならば解るでしょう? 私は頼まれた仕事をこなすだけです。その子の境遇には同情しますが……だからと言って、仕事を疎かにはできません。それに」


 私は一度言葉を切り、そしてはっきりと彼女に告げました。自身の都合、目的を。


「私の目的は、自分の記憶を取り戻すことです。何故か失われ続ける、私の過去についてを。つい先程も、力を使ったことでまた何かを忘れてしまいました。これは例え覚えていることをメモしておいても、記憶をなくしてから読めば、それが何なのかが解らなくなってしまう程のものなのです」


 ミヨさんは黙って、私の話を聞いています。


「だから、私は探しています。自分自身の記憶を取り戻す方法を。その為に、リッチさんと取引を予定しています。彼が持っている記憶を復元させる方法を、お金で買うんです」

「そう、なんだ……」


 はい、そうなんです。


「名前も思い出せない貴女なら解りませんか? 自分のことを思い出したい、というのは」

「……わたし、は……その……」

「……私には私の目的がある。それに、そこの親子は関係ありません。なのでミヨさん」


 私は人差し指と中指で挟んだ携帯呪文モバイルスペルの呪符を、真っ直ぐと彼女に向けます。


「どいてください」

「……やだ」


 少しの沈黙の後、ミヨさんは首を横に振りました。


「どいてください」

「……やだ」

「どいてください……」

「やだ……」

「……どいて、ください」

「やだッ! 絶対やだッ!」

「…………」


 癇癪を起こしたかのような彼女の叫びに、私はうんざりしました。そこまで言うのであれば……これでも、そこに立っていられますかね。


携帯呪文起動モバイルスペルオン、"雷の剣ライトニングブレード"」


 呪文を唱えて呪符を起動させます。私の手に持つ呪符が光り、そこから雷が放たれました。


「ッ!?」


 しかし、ミヨさんは目を閉じはしたものの、その場からは一歩も動きませんでした。やがて私の放った雷が轟音と共に迸り、


「きゃあァァァッ!!?」


 叫ぶミヨさんの足元に着弾して爆発しました。床が抉れ、瓦礫の一部が粉塵となって宙に舞い上がります。やがて粉塵が薄れ、彼女達の姿が明らかになりました。ガラスの向こうで抱き合って震えているアメリア親子。雷はガラスに当たりませんでしたので、特に怪我もないでしょう。

 そして、


「~~~~~~~~ッ!!!」


 両手を広げたまま目を閉じて立っている、ミヨさんがいました。その身体は、ガタガタと震えています。


「…………」


 使い終わり、灰となって消えていく呪符を尻目に、私は黙って彼女を見据えます。


「……何故ですか?」


 少しして、自分の口から出たのは問いかけでした。


「今日初めて会ったばかりで、何の縁もゆかりもない方々でしょう? 何故、この人達を庇うのですか? そこのアメリアさんに至っては、私たちをウイルスに感染させて殺そうとまでしてきました。貴女は死なないにしても、想像を絶する苦しみを味わっていたでしょう」

「…………」

「……それに、忘れてしまったものを取り返したいという思い。貴女なら解りませんか?」


 ミヨさんは目を開けましたが、黙ったままです。私の言葉に、間違いはない筈。勝手に入ったのがこちらだとは言え、自分を殺そうとさえしてきた相手に容赦してやる必要はありません。

 やらなければ、やられる。やられたなら、やり返す。それは当たり前の事です。生きていく上で、自分自身の為にも。


「……わたしは、別に……思い出せなくても、良い……」


 少しして、投げかけた私の問いかけに対し、ミヨさんはそう答えました。


「この人達が……辛い思いを、する、なら……わたしは、別に……」

「どうして、ですか……?」

「……一緒、だから」


 私は驚きを隠せませんでした。失われた記憶を、要らないと言った彼女に。そのまま、彼女は続けます。


「この人は、あの子の為に、必死になってて……わたしを逃してくれた、あの人と一緒だから……あの人と同じで守りたいって……他の人に優しくするって、約束したから……だからッ!」


 ミヨさんが叫んでいる内容は解りませんが、おそらく、私に出会う前の彼女の話の事でしょうか。そう言えば、結局彼女については不老不死であること以外、詳しく聞いていませんでしたね。


「…………」


 ただ、ミヨさんのこの様子を見る限り、何か自分の過去と重なることでもあったのかもしれません。何か、彼女の中で譲れないものがあった、ということでしょうか。


「…………」

「…………」


 涙目のミヨさんと目線を合わせること、少し。私は視線を外して、ため息をつきました。そしてそのまま、一足飛びで彼女へと肉薄します。


「あ……ッ」

「……少し寝ていてください」


 私はミヨさんの首筋に手刀を入れ、意識を刈り取りました。力の抜けた彼女の身体を支えながらゆっくりと床に寝かせると、再度、この親子の方に向き直ります。


「……では、渡してもらいましょうか」

「こ、こ……この人でなしッ!」


 アメリアさんが何か喚いています。それを聞きながらも、私は彼女達に歩み寄りました。その時の私は、どんな表情をしていたのでしょうか。自分では解りません。

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