第二話① タイミングがね、良くないんです
「よお、ランバージャック。お疲れさん」
「……お疲れ様です」
朝もお昼に近づいてきたくらいの時間。私がパソコンを使い、事務所にて顧客に渡す資料を作っていた際、不意の来客がありました。
顔を上げて見ると、そこには緑色の迷彩服に身を包み、その上からポケットのいっぱいついた黒いベストを羽織り、黒いブーツを履いたスキンヘッドで中肉中背の男性が、笑顔で手を上げています。
「……今日はご来訪のアポがありましたっけ?」
「いや? たまたま近くに来たから、ちょいと顔を見に来ただけさ」
そう言うとこの男性、リッチさんはまるで自分の家であるかのように来客用のソファーにドカっと腰掛けました。この人は武器、兵器関係を中心に扱っている同業者です。
ちなみに私は、割と分野を定めずに何でも取り扱っています。分野を定めない方が、色んな世界を回れますし。
「あー、疲れたー。今日は納品があったんだよ。お茶ある?」
「……少々お待ちください」
こちらの了解を得ないままに勝手に座り込み、全力で背もたれにもたれかかったまま図々しくお茶を要求してくる辺り、この人の傍若無人っぷりにはいつも感心させられます。別の意味で。
私がお茶を煎れて持っていくと、リッチさんはコップを掴んでゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干しました。
「っぷはぁ。あー、だりー……」
そのまま寝ていきそうな彼の正面に座り、私は自分の分のお茶を置いて彼に問いかけます。
「……ちなみに、本日はどのようなご案件で?」
「んー? ……まあ、仕事の話もあんだけど、よ」
こちらの問いかけに対して、リッチさんが少し前のめりになりながらお話を続けます。
「……オメーさんよ、金は溜まったのかい?」
「……もう少し、ですから」
そうして話題に挙げられたのは、あの件についてでした。彼と取引する予定の、あの情報を買う件。はい、もう少しです。
「そっかそっか。それならいーんだよ」
「……ちなみに、効果の程は?」
「さあてな。俺は、オメーさんの要望のあった情報とブツを持ってきてやるだけさ。効果があったっつー話は聞いてるが、自分で試したことねーしな」
「…………」
その返答に、私は口を閉ざしました。効果があるのか、それが解らない、と。
「……嫌なら別にいーんだぜ? また自分で探せばな」
「……いえ。買わせていただく予定ですので」
「はいよー。ま、俺としちゃ金払ってくれりゃ、どーでもいーけどな……」
リッチさんはそう言うと、私の分の筈のお茶のコップにまで手を伸ばし、それを遠慮なく飲み始めました。
ここまで無礼な態度を取られているのなら怒りの一つでも出るものですが、私はそれをグッと我慢します。まだ取引できていいない現状で、彼の機嫌を損ねる訳にはいきません。
「……ふあ~あ……おはよー、ランバージャックさん、ご飯まだー?」
その時、自宅へ通じる扉が開きました。そこには、今頃になって起きてきたミヨさんがいます。先っぽにポンポンがついて折れ曲がったサンタ帽と寝間着は両方とも真っ白で、右手で寝ぼけ眼をこすりながら、図々しくご飯を要求してきていました。
貴女もですか。どうして私の周りには、こういう図々しい人ばかりなのでしょうか。
「……んんん?」
しかも今は、リッチさんがいらっしゃる時。タイミングの神様に嫌われたみたいですね。案の定、彼は寝間着姿のまま半目を開けてボケーっとしているミヨさんを、食い入るように見ています。
「……ランバージャック。オメー、ロリコンだったのか……」
「断じて違います」
想定できた返答がきたので、私はお茶のおかわりを入れながら、即座に否定しました。誰がロリコンですか。
「……なーんだ、それならそうと言ってくれよぉ。ったく、浮いた話の一つもねーと思ってたが、オメーもムッツリだなぁ」
何一人で納得しているのでしょうか、このハゲは。
「違います。私が不注意で連れてきてしまった子で、今は試用期間中です」
「……試用期間?」
お茶をクイッと飲みながら、リッチさんが尋ねてきます。
「私の助手をしたいというお話だったので、少しの間、住み込みで仕事を手伝っていただいています。その間の働きっぷりを見て、最終的に私が決めます」
「ふーん……にしちゃあ、ちゃんと面倒みてるじゃねーの」
「まだ子どもですから仕方ないんです。苦労ばかりですよ、本当に。衣服から何から、私のものは使えないので全部買う羽目になりましたし、食費もかさんで……」
「お嬢ちゃん、名前は?」
私の話にそこまで興味がなかったのか、リッチさんはコップを机に置きながら、寝ぼけ眼のミヨさんの方を見ています。
「…………? ……ッ!?」
やがて目が覚めてきたのか、目の前に知らない人がいることを認識したミヨさんが、びっくりした表情をされていました。ツーテンポくらい遅いです。
「だ、だだだ誰ッ!?」
「俺かい? 俺はリッチ。ランバージャックの同業者だよ。そんなビビらなくてもいーじゃねーの、お嬢ちゃん」
目を見開いて少し身が引けている彼女とは裏腹に、ニヤニヤと笑っているリッチさんです。仕方ないので一度ため息をついた私は、彼女の側まで行って背中をポンポンと叩きました。
「ほら、挨拶してください」
「わ、わかってるわよ。えーっと……ひ、被験体No……」
「は?」
「……こら」
私は馬鹿正直に名乗ろうとした彼女の背中を、軽く叩きます。ほら、リッチさんが訝しげな顔をしてるじゃないですか。
「……人聞きが悪いので、あっちの方でお願いします、と言いましたよね?」
「ちゃ、ちゃんと覚えてたからッ! えっと、その……ミヨ、です……」
「へー、ミヨちゃんって言うのか。よろしくー」
「よ、よろしくお願いします……」
緊張しているのか、段々と声が小さくなっていくミヨさんでしたが、リッチさんには伝わったみたいですね。まあ、良しとしましょう。
「そういう訳で。ミヨさん、来客中ですのでご飯は少し待ってください。終わりましたら用意しますので、それまでには着替えてくるように」
「わ、わかったわ」
そう言って、ミヨさんは自宅の方に戻っていきました。全く。
「……へー……」
「……なんですか?」
様子を見ていたリッチさんが、ニヤニヤとした表情のままこちらを見ています。何ですか、その面白いものを見たという顔は。
「あのランバージャックが、恋人もいねー癖にお父さんしてるねぇ。それに連れてきたってことは、色々と面倒くさい申請もあったんだろ? 可哀そうに……」
「……それで、仕事の話というのは」
「はいはい。ちゃんと話してやるよ、お父さん」
完璧にからかわれていますが、無下に扱うこともできないこの人。
私は内心で言いようのない不満感を募らせながら、彼の持ってきた仕事の話について聞くのでした。
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