第一話③ 彼女の秘密、それは呪いか


「……では、次の世界に行きますよ」

「ぜーっ、ぜーっ」


 私は肩で息をしているミヨさんの傍らでタブレットを構えます。結局ついてきた彼女ですが、話を聞くとなんと勝手に私のハンコを捺して、中央役所に私の助手として職業登録したとのこと。

 その事についてあのねーねーさんに問い合わせたら、


『書類に不備は無かったので決裁が既に済んでるんですよねー。データベースへの登録も終わったので、却下したい場合は一度役所の窓口までお越しいただき、解雇申請書に記入と押印を……』


 と言われましたので、もういいですと通話を切りました。人生、諦めが肝心です。

 仕方なしに助手にしたミヨさんですが……荷物を持ってもらったら、なんと彼女は歩き始めて数メートルでダウン。持てるものを減らして何とか歩けるようにはなりましたが、すぐに休憩を申し出る始末でした。

 これは酷い。荷物持ちもできないとは、解雇すべきなのでは。


 そんなことを考えながら出現したドアをくぐり、白い光に包まれた後、私達の目には砂埃が舞う荒れ地の光景が入ってきました。無事に移動できたようですね。

 ただ一つ気がかりなのは。


「撃てーっ!」


 そこかしこから、野太い怒声と砲撃音が聞こえてくることです。

 移動先の世界で戦争が起きていることは知っていましたが、まさか戦場に出てしまうとは。この時代の銃火器なら手持ちの携帯障壁で防げるので良いのですが、問題は。


「ど、どーすんのよ、これ?」


 ミヨさんの分がありません。一人で来るつもりだったので、今の手持ちは携帯障壁Sが一つのみ。有事に備えてLLサイズは常に持ってはいますが、あまり使いたくありません。高いので。それにこの時代の兵器で、LLが必要なものはなかった筈です。

 となれば。


「私から離れないでください」

「わ、わかったわ」


 携帯障壁Sの範囲内に、ミヨさんを置くしかないですね。勝手に死なれても困ります。今の彼女は私の助手である以上、ターミナルでの私の信用に関わりますし。

 私に抱きつく形でミヨさんがくっついていますが、やはり小さいですね。小学生高学年くらいのイメージです。


 そんな事はさておき。まずは状況の確認をしましょう。それこそ、誰かに見つかる前に……。


「おい! あそこに誰かいるぞ!」


 周囲の確認をしようと思ったら、鋭い声が飛んできました。うわ、見つかった。


「止まれ!」


 茶色の軍服に身を包んだ兵士と思われる男性が、こちらにライフルを向けながらそう警告してきます。はいはい止まります。と言うか止まっていますから。


「……何でしょうか?」

「貴様、何故ここにいる?」


 何故と言われましても、異世界を繋ぐドアをくぐったらここに出たので、とは流石に言えません。銃口がこっちを向いていますし。なおミヨさんは、私にしがみついたままです。


「いえ。偶然この辺りに迷い込んだ行商人で……」

「おい、何事だ!?」


 言い訳しようと思っていたら、一人増えました。


「隊長、怪しい奴です! 行商人を名乗っていますが、我々に気づかれずに封鎖中の戦闘区域に入るような輩です!」


 封鎖中ときましたか。と言うことは、ドアをくぐった先がこの人達の軍による封鎖範囲内だったということですね。うわぁ、これだからドアは。


「ほう……悪いがついてきてもらおう。おい、連れていけ!」

「ハッ!」

「……仰せのままに」


 どうやら連行は免れないみたいです。適当に言い訳をしてさっさと逃げたかったのですが、そうも行かないみたいですね。ああ、クソ、今日は厄日だ。

 心の中で愚痴をこぼしている内に、私たちは軍の駐屯場らしき場所に連行されました。背中に銃を押しつけられながら歩くのは、これで何度目でしょうかね。


「……持っているものはこれで全部か」

「……はい」


 とりあえず隊長とやらの前で、身につけていたこの世界に合う物を出し、身体チェックも受けました。タブレット等のバレたら不味いものはこことは違う世界の技術で隠してありますが、油断すると見つかります。


「……なんだ、この爪は?」

「……お洒落の一環です」


 と思っていたら、危うく見つかるところでした。私の爪にはとある世界の魔法により、タブレットや携帯呪文モバイルスペル等が入っています。普段は付け爪をして隠しているのですが、この人達はそれを見抜くと容赦なくそれを剥がしてきました。


 適当に誤魔化した私の爪をジロジロと怪しそうに見てくる隊長ですが、流石にここに物体が隠してあるとは思わなかったのか、フン、と鼻を鳴らして手を離してくれます。

 隣ではミヨさんも同様に身体チェックを受けています。ボロ布しか纏っていない彼女の何を検査するというのでしょうか。どうでもいいですけど。


「とりあえず行商人ということは解った。持ち物にも特に不審な点はない。だが、封鎖中の区域に我々の目を掻い潜ってあそこにいた、と言うことが怪しいことくらいは解るな?」

「……はい」


 検査を終えた私たちに向けられたのは、厳しい声でした。まあ、そうですよね。

 すると、この隊長と呼ばれている男性はおもむろにリボルバータイプの拳銃を取り出して、その銃口をこちらへ向けて、


「だから、こうする」

「ガハ……ッ!?」

「ら、ランバージャックさんッ!」


 容赦なく発砲しました。乾いた銃声が響いたかと思うと、私の脇腹から、尋常じゃ、無いくらい、痛みが、走ります……ミヨさんの、叫ぶ、声がします……。

 ゆっくりと顔を下げてみると、ジワリ、と血がコートに広がって行くのが見え、思わず膝をつきました……ま、まさか、ここまで問答無用で発砲してくるとは……。


「さあ吐け。お前は敵国のスパイなんだろう? 目的はなんだ? 言えば楽になるぞ?」


 痛みでロクに考えもまとまらない中、隊長が高圧的な言葉を浴びせてきます。

 ああ、クソ。これだからこういう世界は嫌なんですよ。何でもかんでも武力を背景に押し通そうとしてきて、こちらの事情なんか汲みもしない……。


「先ほど、話した、通りです……私たちは、ただの、行商人で……グッ!?」


 言葉の途中に、二発目を、撃たれました……弾は先ほどと同じ脇腹を、撃ち抜き、遂に、私は倒れ込みます……全く同じ箇所を、撃ち抜いて、くるとは、いい腕、してますねえ……。


「話さないなら、次は心臓だ」

「や、やめてよッ!」


 すると、ミヨさんのそんな声が聞こえました。

 顔を上げてみると、私の前まで駆け寄ってきた彼女が手を精一杯横に広げ、小さい身体で庇おうとしてくれています。


「ら、ランバージャックさんに酷いことしないで! 確かに冷たいしぶっきらぼうだし丁寧に喋る癖に面倒くさがりだけど……」


 酷い言われようです。


「それでも、わたしを助けてくれた人なんだからッ!」

「ほう。健気な嬢ちゃんだな……」


 そんな彼女の言葉を聞いた隊長は、感心したように声を漏らしてします。

 しかし次の瞬間。彼の持つリボルバーの銃口が、ミヨさんの方を向きました。

 まさか……。


「だが知らんな」

「ま……ッ!」


 私が声を上げようとした次の瞬間、彼は容赦なく引き金を引きました。ミヨさんの頭を弾丸が貫き、貫通した弾が私の頭上を通り抜けます。


「ミヨ、さん……」


 びっくりしている一方で、やけに冷静な自分がいました。ミヨさんは脳天を打ち抜かれて、今まさに死のうとしています。ゆっくりとこちらを振り返りながら倒れていくミヨさんは……何故か笑っていました。


「だい、じょうぶ、だか、ら……」


 笑顔でそう言い残したまま、彼女は床に倒れ伏します。


「あーあ。隊長、女の子は俺らで回すって約束だったじゃないですかー」

「すまんな。あの男をボコらしてやっから、今すぐ許せや」

「死体でも、中はまだあったかいですかねー?」

「オメー何言ってんだよ」

「「「あっはっはっはッ!!!」」」


 周りはゲラゲラ笑っています。どうして人が死ぬのを、笑って見ていられるんでしょうか。死んだら終わり、だと言うのにッ!


「……チィッ!」


 私は舌を打ちました。いや、今はそんなことどうでも良い。こうなったらなりふり構っていられますか。さっさとこいつらを始末して、間に合う内にミヨさんをターミナルの中央病院へ搬送するしか……。

 覚悟を決めた私が、爪に隠した携帯呪文モバイルスペルを取り出そうとしたその時、


「お、おい、あれ!」


 突如として、兵士らが声をあげた。何事かと顔を上げてみれば、私に至っては、びっくりして声も出ませんでした。






 何故なら、倒れた筈のミヨさんが、ムクリと起き上がったのですから。






「ね、大丈夫でしょ?」


 起き上がったミヨさんは私の方を振り向きました。打ち抜かれた額の傷が独りでに塞がっていく中、彼女は笑っています。

 脳天を打ち抜かれていました。明らかに致命傷の筈でした。にも関わらず、彼女はまるで何でもなかったかのように笑っています。


「う、うわぁぁぁあああああっ!」


 それを見て混乱したのか、隊長がミヨさんに向かって拳銃を乱射します。しまった、携帯障壁が間に合わない。

 身体の至るところに弾丸を撃ち込まれたミヨさんは、身体を支えられずに膝をつきます。先ほどは何かの間違いであったかもしれませんが、これではもう……。


「……そのくらいじゃ、わたしは死ねない」


 しかし、そんな私の心配を他所に、彼女は倒れることなく再び立ち上がりました。流れ出る血もやがておさまり、彼女は顔についた血を手の甲で拭っています。

 そんな馬鹿なことがあるのか。拳銃で撃たれて復活する人間がいるなんて。頭や胸などの急所に、何発も入っていたようにしか見えなかったのですが。


「ば、化け物だぁぁぁ!」

「殺せぇ!」


 やがて、中に人が集まってきて、各自が持っているライフル等の銃が一斉にこちらに向けられました。これは、流石に不味い。

 ハッと我に返った私は、右手の親指を弾き、隠していた六角形のコイン状の携帯障壁を取り出します。


「展開ッ!」


 距離的にもSでは間に合わないので、やむを得ずLLを切りました。宙を舞うコインが光り、透明かかった青白い六角形の障壁が幾重にも展開され、私たちの周りを球状に覆います。


「な、なんだこれは!? 銃が効かねえ!」

「大砲だ! 大砲を用意しろ!」


 よし、間に合った。しっかりと防いでくれていますね。ついでに、私の怪我の治療もしましょう。ここまでした以上、最早隠す意味もありません。

 私は左手の人差し指を弾き、新たな呪符を取り出しました。


携帯呪文起動モバイルスペルオン、"再誕の土リザレクションマッド"」


 起動の呪文と共に、私の身体を魔法で作られた温かい土が覆い、傷を癒し始めます。流れ出た血までは補填されないのでまだ少しフラつきますが、立ち上がるくらいなら大丈夫でしょう。


「お、おい! さっき撃ったアイツまで立ち上がってるぞ! 何だコイツらッ!?」

「つべこべ言わずに殺せぇ! 撃ち続けろぉッ!」

「大砲の用意は済んだな!? 放てぇぇぇッ!」


「……わたし、死ねないの」


 ようやく私の痛みも薄れた頃、彼女が口を開きました。周りがドタドタと慌ただしい中、何故か彼女の声だけは、やけにクリアに聞こえます。


「わたしは、不老不死の研究の実験体。その研究の、唯一の成功者……だから、何をされても、死ねないの」


 何をされても、と彼女は繰り返しました。死なないではなく、死ねないと、そう言っています。


「……解りました。まだ、痛みますか?」

「……ううん、大丈夫」


 概要は分かりました。今はそれで十分です。


「撃て撃て撃てーッ!」


 とりあえず、今はこの場を切り抜けましょう。隊長の指示のもと、ライフル銃とか大砲とかをめっちゃ撃ち込まれてますが、この世界、この時代の兵器程度では携帯障壁LLは破れません。

 ようやく傷も回復してきましたし、先ほどのお返しをしましょう。ええ、私の身体を撃ち抜いてくれた、あのお返しを。


「"炎の海オーシャンレッド"」


 私は右手の中指を弾いて呪符を取り出すと、呪文で起動させます。既に携帯呪文モバイルスペルは起動中なので、一言で済むのが楽ですね。

 呪符が光ったかと思うと、障壁の外側の辺り一帯が炎の海と化しました。


「ぎゃぁぁぁあああああっ!」

「な、なんだこの炎は!?」

「やばい! ほ、砲弾に引火す……」


 そんな声と共に爆発が起こります。障壁の中で良かった。あの中にいたら死んでしまいますよ。


「……では、逃げましょうか」

「……うん」


 阿鼻叫喚の火炎地獄の中、私はミヨさんの手を取りました。そして左手の小指を弾いて呪符を取り出し、起動させます。


「"隼の羽イーグルフェザー"」


 一陣の風が自分達の周囲を包んでいきます。そして、私たちは風の中に溶けていきました。

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