サブカルギルド 7 平和とやら
深く息を吸ってから目を開ける。鼻から通った空気は鋭いくらいに冷たい。足の指先が冷たいのは、椅子で眠っていたせいだ。
ベッドで横たわってる光里を見て、暖かい息を少し吐く。寒そうなのでそのまま布団を掛けた。
朝は何を食べようか考えながら、水をポットに注いで加熱する。
薄切り食パンを二枚それぞれ皿に乗せて、上にハムを二枚づつ、それぞれにケチャップを乗せてからチーズを乗せる。二枚をトースターに入れて設定する。加熱が始まるとポットの水が沸騰していた。火は自動で止まるのでそのまま置いておいて、二個のマグカップに紅茶のパックを入れてそこにお湯を注ぐ、雑だけど普通に飲める紅茶は便利だ。
「ん・・・れもんてぃー?」
寝ぼけながらも匂いで感知するのはすごいな・・・。
「おはよ、朝食作ってるけど食べる?」
「たべるぅ。」
半ば寝言のような状態なので、パソコンを覗いているふりをする。もちろん画面は真っ暗で、開こうとしてもパスワード入力画面になるはずなので、覗けないが。
しばらくその恰好から光里を横目で見ていたら、ある程度意識が覚醒してきたのかやっと反応した。
「あ、なんでパソコン見て・・・」
そう飛び上がった直後に暗い画面を見て安心したんだろう。わかりやすく胸をなでおろしていた。トースターからチーンという心地いい音が鳴ったので、そっちに向かう。
「なんか変なこと書いてたの?」
昨日の仕返しのように言ってみる。
「寝落ちするときなんて寝る前の記憶ないでしょ。」
そう怒りながらパソコンの中身を確認して、何か焦って消したように見えた。
「はい、どうぞ。」
「ん、ありがとう。」
「なんていうか、最初会った時と比べてだいぶ変わったよな。」
脳からそのまま出た言葉だった。
「どういうことそれ?」
「なんていうか、こう、気楽だなって。」
「まぁ、私も元々こうだったわけじゃないけど、たしかに広くんと居る前はなんにも喋ってなかった感じするな~。」
そう言いながらパンを食べる。俺も、こんな感じの平和でのんびりした空気はかなり好きだ・・・。
「じゃっますっるぞー‼」
平和が脅かされている。
「何用だシロ。」
「・・・光里ちゃんがいる。朝チュンの最中だった⁉」
「違うわ‼一緒に小説書いてただけだ‼」
「・・・ほんとかなぁ?光里ちゃん変なことされてない?」
「え・・・。パソコン覗く振りされた・・・。」
「それ昨日のをやり返しただけじゃん‼」
「やっぱりかこのスケベ‼成敗してくれるわ‼」
「絶対俺悪くねぇって‼」
「ま、冗談はさておき。」
「これ以上騒ぐと近所迷惑だもんな。」
「二人ともそんな感じなんだね。」
シロは自然に机の横に座る。
「ツッチー、私は紅茶だけでいいよ。」
「自分で用意しろ、お湯はまだあったかいし、茶葉もあるから。」
「全部入れるの?」
「・・・用意するから待っててくれ。」
「なんだかんだ優しいよね~。」
これもある意味平和か・・・。
「それにしても、ほんと仲良くなったよね。二人とも。」
「どうした急に?」
「だって、最初は自己紹介忘れるくらいに緊張してたのに、今じゃまるで夫婦だし。」
「夫婦・・・。」「お前らと一緒にすんな。」
「広くんは嫌なの?」
「その聞き方で嫌だって言ったら、俺はシロに殺されるぞ。」
「うん、うれしいって言うまで締め上げるよ。」
笑顔で怖いこと言わないでくれ。
「じゃぁ、嫌、なんだ。」
「嫌なわけないだろ。好物も趣味も同じ人と一緒に居られるのは、幸せの一言に尽きる。」
「へぇ、じゃぁクートでもいいんだ?」
「本人を前に公開処刑を始めようとするな。」
軽くチョップして止める。
「幸せ・・・なんだ。」
嬉しそうに頬を赤らめないでくれ。めちゃくちゃ恥ずかしいから。
「へへへへへへへへへへ~。」
「一人だけめちゃくちゃ楽しそうだなちくしょう。」
とりあえずスマホを開いてクートに連絡する。
『お前の嫁が厄介オタクみたいなことしてっから回収しに来てくれ。』
「あ、クート今寝てるから来ないよ。」
「ちなみに寝てる理由を聞いても?」
「昨晩はお楽しみでしたので。」
「クートも災難だな。」
「え、それってそういう事をしたってこと・・・⁉」
「いいや、どうせ格ゲーにでも付き合わされたんだろ。」
「残念、レースゲームでした。」
「どっちも得意ジャンルじゃねぇか。」
「そ、そういう事かぁ・・・。」
そりゃ勘違いするか。とんでもなく紛らわしし。小さい頃は三人で集まって、一晩中ゲームしてたもんな。
「せっかくだからゲームしようよ!」
「まだやるのか。」
一晩中やってきたんじゃないのか。
「いやぁ、なんか目が覚めちゃって。」
「あぁ、朝用のだからな、そりゃ目が覚めるわ。」
「それじゃぁせっかくだし、一緒にやろうよ。」
「もちろん。」
後半は女子二人の会話である。
しばらくゲームをしていたら、途中でシロが寝落ちしてしまったので、そこからは二人とも執筆の続きをすることにした。
人の寝息が心を休ませる効果を持っていたのか、俺も光里もいつもより明らかに長い間集中し続けられていた。
「ツッチー‼シロの行方を知らないか⁉」
「いらっしゃい、やっと起きたんだね。」
時計を確認する必要もない。窓から赤い光が差し込んでいる。
「なんでシロがここで寝てるんだ・・・?」
「今朝、突入してきてな。飲ませた紅茶が目覚まし作用を持ってたんだ。」
「・・・。そのあと仲良くみんなでゲームしてたら寝落ちしたってことか。」
「さすがクート、慧眼だな。」
不自然に倒れてるシロと、その手首に結ばれたコントローラーを見ればわかるか。
「それじゃ、俺はシロを連れてくから。邪魔してすまんな。」
そう言いながらコントローラーを外し、慣れた手つきでシロを背負って出て行った。
後ろで小さく聞こえた「いいな。」を聞き逃さなかった。
「さ、そろそろ夜だし、昼も食べ損ねちゃったからちょっと早いけど何か食べよっか。」
「はい!いい時間なので外食に行きましょう!」
「うん、いい意見だ。今日はそうしよう。外食とは決まったが、どこに行こうか?」
「回転寿司がいいと思います!」
「よし!じゃぁ駅前の回転寿司に行こう!」
「おー」
というわけで外出です。
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