サブカルギルド 1 出会う、本の世界。
俺はとある大学に入学できた大学一年生だ。ぴちぴちの一年生だ。
新調したバックはパソコンのせいで重く、飲み物などで膨らんでいるが。新調したものだ。
これから俺は寮で暮らすことになる。もちろんキャリーバックも片手で引いている。
ただ、大好きな小説の類はすべて家に置いてきた。なぜならこの大学にあるからである。
この大学は何なのか。だって?ゲー大だよ。芸大じゃないよ?ゲー大だ。
大手企業が手をつないで設立した超大型大学だ。
その大手企業とは・・・
「なぁなぁ!お前はどう思うよこの大学!!」
そう、興奮気味に話してくるのは同じ新入生の平居改井戸(ひらい かいと)だ。
「うれしいのはわかったから、ここで騒ぐのやめないか?」
「いいじゃねぇかよ!せっかく初めての寮の共通スペースだぞ!」
「個人部屋があるのにここで騒ぐ理由ないだろ。それに・・・」
ここから耳に近づいてこっそりしゃべる。
「女子も怖がる。モテたいならせめて女子に気を配った方がいいぞ?」
「それもそうか。よし分かった。」
と言って女子に向かって歩く平居。だめだこりゃ。
「ねぇみんな。せっかくだから入学祝いにパーティーでもやらない!?」
誘い文句は素敵だが声が大きすぎる。男でさえおびえてんぞ?
一人の女子があきれた様子の俺を見て、俺の後ろに回る。
・・・なんで?
「なぁ、土浦。その子知り合い?」
「いや、この学校に高校からの知り合いとかいるはずないし・・・。あっ。」
もしやと思った。
「思い出した?つっちー。」
「さすがに思い出したよ、シロ。」
「おいおい、土浦だけ幼馴染いるとか「じゃぁ僕も入れてもらっていいかな?つっちー。」ずるいじゃ・・・まだ増えるの?」
「クートじゃん!お前確か何個か上じゃ・・・?」
「うん、ここじゃ先輩だけど気にしなくていいよ。幼馴染だし。」
「それもそうか。」
なんて言ってる間にシロはクートの背中にぴったりくっついてる。
「てか先輩って?俺らが一期生じゃないのか?」
「そりゃここサブカルギルド直轄の大学だもん、先輩なんて死んでる人も含めたら君たち何百期生だよ。」
と言われると笑うしかない。それに、そう考えると心強い、強すぎるほどだけど。
どこからか視線を感じた。まぁ、周りの人は大体この辺りを見てるからそうなんだろうけど。きっと気のせいだろう。そう思うことにした。
寮は一人部屋で、ベット、机、椅子、パソコン、テレビくらいしかない。ここまで簡素になったのにはもちろん理由があって。
実家の俺の部屋は、ほぼ書斎だった。だがこの大学内であればサブカルギルド管轄の小説は読み放題、地下の図書室に行けば書物であるし、学内ネットから電子書籍で読むこともできる。
故に、落ち着かないほどに簡素なのである。そう、落ち着かない。
あまりに落ち着かないものだから図書室から数十冊くらい借りることにしよう。それでもって部屋においておけば少しは落ち着けるだろう。
図書室に行くとすでに何名かいるらしい。らしい。と言ったのは広すぎてすべて見渡せる場所がないからだ。司書さんは何名かの交代制なのだろうか、何人かが本を読んでいたり事務作業をしていたりする。
借りる本は少し悩んだ、数十冊続いてる小説にするか、関係なく読みたいものを選ぶか。
しばらく本棚の前で悩んでいたら女性が話しかけてきた。
「何かお探しですか?」
「あー、探しているというか、何を読もうかな、って。」
「そうでしたか。その、良ければ、この小説とか読みませんか?」
渡された小説のタイトルを見ても、見たことのない小説だった。というか、やけに薄かった。
「これは、初めて見ますね。」
「えぇ、とてもマイナーな小説なんですが、長い間続いていて、まだ終わっていないので追いかけてる最中なんです。」
「へぇ、おもしろそう。何巻まで読んでるんですか?」
「私ですか?私は、163巻までしか読んでいませんね。」
・・・163?
「どうしました?やっぱり少ないですかね?」
自嘲気味に笑う彼女だがそうじゃない。
「163巻まで続いてる小説なんて初めて知りましたよ。」
「そうなんですか?私はメジャーな小説って少し苦手で、そのせいで昔から続いているようなものを読んだりするんです。」
照れるような、恥じるような顔は、好きなものを好きだと語る。俺の好きな感情(かお)だった。
「その小説、どこにありますか?ぜひ読みたいと思いました。」
「ほっ、本当ですか!読み終わったら是非お話ししましょう!」
そんな感じで案内してくれた。
その本のある本棚に着くと、圧巻だった。本棚がほぼほぼ二つ、すべてその小説だったのだ。
俺があっけに取られていると。
「あはは、やっぱりびっくりしますよね。私も初めて見たときは頭おかしいと思いましたよ。」
と、笑いながら言っている。
「いや、これ、何巻まであるんですか。」
そういいながら右下を見てみると右下のマスだけ広く空いていた。(一マス30巻 縦8マス)
「今の最新刊は484巻ですね。どうやら、最新刊あたりを読んでる方もいらっしゃるみたいで、その方が次に何を読むのかがすごく気になります。」
まだ続いていて、こんな風に読み切る人もいるのか・・・。
「むぅ、物好きだと思いましたね。貴方もですよ?」
「いやぁ、そんなことは・・・。」
不満げに頬を膨らませる仕草はリスのようだった。
「まぁいいです。一巻は一番左上なので、脚立か台を持ってくるといいでしょう。それではまた。」
そういって彼女は163巻以降の巻を何冊か持って受付の方へ向かっていった。
気を悪くさせたわけじゃなきゃいいけど。迷いながら1巻から50巻までを借りていくことにした。
貸し出しの方法は簡単だ、借りたい本をスキャナーに通して出てきてから、俺の学生証の役割を果たすヘアピンを近づけるだけだ。
貸し出し数に制限が無いので部屋に積めるのは本当にありがたい。
ただ一つ、重大な失敗をしたのだが。
手ぶらで部屋に着く。あまりに借りた数が多すぎて荷台で運ぶことにしたのだ。
運ぶこと自体は楽だったが、俺の部屋は5階、何度もエレベーターを使いたくはなかったので荷台を返す時だけ長いスロープを使って降りた。階段なら数秒なのに、数十秒もかかるのだ。そして今さっき階段を使って帰ってきた。さすがに五階になると疲れる。
だがまぁ、頑張って運んだのだ。ゆったりと読むとしよう。
そう思ってベットに腰掛けて、本を開く。
しばらく本を読みふけっていた。借りた本はほぼほぼ日記のようなもので、一巻ごとに一日、巻によっては2,3日と、作者の日常と気付いたこと。その日にあった面白いことなどが書いてあった。
正直、小学生の俺なら投げ捨てていただろう。だが投げ捨てない面白さがあった。日常を続け、その先の出来事に対して今まで重ねた日常から、面白いと感じさせるのは、読んでいてとても楽しかった。
どうやら作者は、主人公に名前を当てていなかった。他キャラクターも「K崎」とか「S助」とかと言った名前で、実際の名前からとったのだろう。
あ、あの子の名前を聞くのを忘れていた。まぁ、また会った時に聞けばいいか。そう思いながらカーテンを開けて外を見る。
真っ暗だった。
おかしいな、読み始めた頃は明るかったんだけどな・・・。そう思って時計を確認すると12時を回っていた。夕飯、食べそびれたな。
そのあとは風呂に入ってから寝た。
翌朝、とてつもなくうるさい呼び鈴で目を覚ました。
この呼び鈴のうるささはシロだろうな。とりあえず呼び鈴の設定をオフにしておこう、近所迷惑だ。
「よぉ、何の用だ?」
「今起きたばっかりなの?いつもの五割増し目つき悪いよ?」
「あぁ、お前さんが来なきゃ寝てた。」
「そう、そんなことよりお客さんだよ。多分だけど。」
俺の睡眠時間をそんなこととは言わないでほしいものだ。
「多分って?」
「互いに名前を聞き忘れたらしくてね、ほら、おいで。」
シロが手招きすると小走りにやってきた。昨日、本を進めてくれた子だ。
「あぁ、昨日図書室で本を勧めてくれた・・・。」
「はい、また会えてうれしいです!」
シロがニヤニヤとしている。
「なぁにぃ?いつの間に女の子たぶらかしたのぉ?昔の恥ずかしがり屋で純粋だったツッチーはもういないのかぁ~。」
「いえ、その、どちらかと言えば、私がたぶらかしたようなもので・・・。」
こんなのをフォローしてくれるとは、さては優しいなこの子?今気づいたことじゃないけど。
「ちなみに、ツッチーのことはもう紹介しちゃったから、この子の自己紹介を聞くだけだよ。」
ほんとかな?と思いながら目を向けると。
「はい、色々聞かせてもらいました!ツッチーさん!」
「ちゃんと紹介した?」
「したよー、本名がつっちーで、よくいじられてたー。って。」
「嘘じゃねぇかよ。本名は土浦旅広、ツッチーってのはこいつともう一人の幼馴染が読んであるあだ名だ。」
「そうだったんですね、じゃぁ土浦さんですね。」
こう、改めて呼ばれると少し恥ずかしく感じるのは何なんだろうな。
「女の子に苗字を改めて言われて照れるとか何考えてるのかなぁ~?」
「なんも考えてねぇよ!さっきからいちいちうっとうしいなぁ!」
と言いつつも、笑顔でいられるのは幼馴染ゆえだろう。
「お二人は仲がいいんですね。付き合ってらっしゃったり?」
少しだけ気温が下がった気がするのは気のせいだろうか。
「まっさかぁ、私にはちゃんとした彼氏がいるもんねー。こんなのよりよっぽど大人だよ!」
「子供っぽいところもあるだろ。って言ったら、そこもかわいいんだよ。って言ってくるほどの溺愛ぶりだ。こいつがその彼氏と別れることは、天変地異が起きてもなさそうなんだよ。」
「ふぅん、ならいいのですけど。土浦さん、部屋にお邪魔してもよろしいですか?」
なんだろうこの断るのが怖い笑顔は。
「別に構わないけど、何にもないぞ?」
「えぇ、お邪魔しますね。」
「お邪魔しまーす。」
流れでシロも入ってきたけど、それはそれで良いとするか。
脱衣所で普段着に着替えてから戻ると、こんな話題になっていた。
「ねぇマツちゃん。この前のアンケートの案、何か出した?」
「ううん、全然思い浮かばなくって・・・。」
「アンケート?」
「うん、てか知らないの?」
「知らない。」
「そっかあ・・・。スマホ、開いてみな。」
言われるままにスマホを開くと、サブカルギルド大学一期生グループ。とかいう陽キャが作ったんだろうなぁと思えるものに誘われていた。断る理由もないので参加すると、例のアンケートがチャットに流れていた。
「大学名アンケート?」
「そ、大学の名前を何にするか、新規生に決めてほしいんだとかで。」
「大学の名前ねぇ・・・。あっ、君の名前聞いてなかった。」
「あっ、言ってなかった。」
「二人とも知ってるの私だけだった。」
三人でこれでもかというほどあほみたいな反応をしてから自己紹介をしてもらう事にした。
「松山光里(まつやま ひかり)です。趣味は読書で・・・。えっと、ほかに何を言えばいいんだろう・・・。」
唐突に自己紹介しろと言われたらそうなるよな、よくわかるぞ・・・。
「あっ、小説専攻です。」
「やっぱり、同じだったんだね。」
「えぇ、これからよろしくお願いしますね。」
とりあえず落ち着いた。
「さて、二人が仲良くなったところで、私はクートの部屋に凸りに行くから。またねー。」
いつも通り自由奔放な奴だよ。
「ちょっ、まっ・・・。」
おいおい、男の部屋に女の子を一人で置いてってやるなよ・・・。
もちろん無言が続く。
「あの、私、実は男の人が苦手で・・・。」
「うん、まぁ、そうだろうとは思ってたよ。実のところ、俺もあまり女子が得意じゃない。」
「じゃぁ、似た者同士ですね。」
「そうだといいなぁ。」
無理に出してる感じのある笑顔が、心に刺さる。すごく申し訳ない。
「あっ、あの本。読んでくれていたんですね。」
少し弾んだ声、二軍に分かれている昨日勧めた本を見て、読んだのだと察したのだろう。
「うん、最初はかなり違和感あったけど、数巻読んだらもう違和感なくすらすら読めたよ。正直、読んでて楽しかった。」
「そうそう、私も読んでるうちに時間がたっちゃって、昨日なんて12時回っちゃって。」
「そうだったんだ。俺も気づいたら暗くなってて。」
思っていたよりも会話は弾んだ。共通の話題があるからなのか偶然なのか、理由はわからないが楽しかった。
「あっ、そろそろ昼食の時間ですね。」
「あぁ、ほんとだ、学食に行くなら一緒に食べる?」
誘った理由なんて簡単で、ただただ話したいからだ。
「あっ・・・。あぁ、ごめんなさい、今、あまりお金持ってなくて・・・。なのでごめんなさい。」
「自炊してるの?」
「えぇ、できる限り節約して、ですけど。」
そういうマツさんは再度見るとより細く感じた。
「・・・じゃぁ、食べてく?」
ナイスタイミングで炊飯器が音を出す。米が炊けた合図だ。
「えっ、土浦さんも自炊してるんですか!?」
「うん、理由は違うけど、学食に食べたいものが出ないからね。」
「意外とレパートリー少ないですものね。」
「さて、何か食べたいものでもある?作れるものなら作るけど。」
「でしたら私も手伝いますよ。ただごちそうになるのも嫌ですから。」
そういって二人で立ったわけだが。
「じゃぁ、何作るか。」
「じゃぁ、土浦さんの好物とか。」
「いやいや、せっかくなんだから好きなもの食べなよ。いつもはあまり食べれてないじゃない?」
「わかりました、こういう時は部屋主の言う事に従います。私はポトフが食べたいです。」
「・・・もしかして、シロから俺の好物でも聞いた?」
「いえ、聞いてませんけど・・・。もしかして?」
「うん、俺もポトフが好き。というか大好き。」
「じゃぁ、一緒に作りましょう。」
こうして、俺の人生で一番幸せなポトフづくりが始まり、二人とも手順も慣れているせいであっという間に終わったのである。
料理中にこぼれた「ポトフ好きな人と結婚したかったんだよなぁ・・・。」って言葉に心臓が跳ねたが、忘れることにした。心臓がもたないから。
食べてる最中もかなり幸せだった。二人して無言で食べているのだが、互いにおいしいと表情や態度でわかるため、こんなに幸せで静かな食事はまずないだろうとさえ思えた。
片付けもしようと思ったが、「片付けくらいはやらせて、これじゃぁ返せるものないから。まぁ、片付け程度で返せるものでもないとは思うけど。」と言われてしまったので、仕方なく任せることにした。
「ねぇマツさん、ゲームしたことある?」
「さすがにあるよ。って言いたいけど、実はやったことないの。」
「そっか、じゃぁ、やってみよう。」
言いながら準備を終わらせる。
「へ?でもほら、電気代とか、カセット代とか・・・。」
「もともと、自分がやりたくて買ったゲームだから気にしないでよ。それに、一人プレイはさすがに飽きちゃうからさ。」
「わ、分かった、やってみる。」
「これは、どんなゲームなの?」
「簡単に言ってしまえばすごろくだよ。ゴールの場所がゴールするたびに代わる程度かな。あとはお金稼ぐ感じ、物件買ったり、カード買ったり。まぁ、やりながら理解するのが速いよ。」
まったくわからなさそうなので、やりながら教えることにした。
さてこのゲーム、ハマると抜け出せず一ゲームにも多大な時間を要するために、外はすでに暗くなっていた。
「勝ったぁー!」
「負けたぁ・・・。」
初心者に惨敗するとは思わなかった。
「ふっふっふ、運も実力のうちっていうからね。私の勝ちだよ!」
「うぐぐぐぐぐ、何も言い返せない。」
ふと、外を見る。昨日の夜と似たような景色だ。そう、暗いのだ。理解した瞬間から血の気が引いた。
「あぁ、もうこんな時間かぁ、女子部屋の前まで送るよ。」
「いいの?」
「こんな時間だからな。」
時計を見ると8時を過ぎていた。
「わかった、じゃぁ、お願いするね。」
そうして支度をしてから部屋を出る。廊下を歩いている最中も、軽口やら雑談やらをしながら歩いていて、とても楽しかった。
境目で警備員に見られながら少しだけ話していた。
「明日も行っていいかな?」
「もちろん。それじゃ、また明日。」
「うん、また明日ね。」
手を振ってから分かれた。
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