(19)男同士の待ち合わせ

三田さんと新田さんの暴走を抑えるべく、カップリング居酒屋に行くことを提案した俺は、暇な時間を見つけてはスマホを操作して情報を得ていた。


そうして迎えた土曜日


「はああ」


自分からの提案とはいえ、この日の俺は足取りが重かった。

ジムの清掃を終えて締め作業を行い、今から移動しなければいけない。


「それでは会長。失礼します」

「おお、お疲れさん。なあ、今日はやたらとおしゃれだな。若しかしてデートか?」

「はは、それなら良かったんですけどね」


俺の回答を理解出来るはずもなかった会長は小首を傾げたが、説明すると長くなりそうなので、頭を下げるとそのままドアを潜りぬける。


お二人から事前に連絡を貰い、既に目的地の最寄り駅にいるとの事だった。


電車を乗り継ぎ向かったのは若者の街として名高い、渋谷。まあ、俺達も全員20代なので若者と呼んでもいいよな?と誰に対してか分からない言い訳をしながら電車に揺られた。


「……相変わらず凄い人の量だ」


駅構内からでも人の多さが伺える。

実のところ、人ごみは苦手で避ける傾向にあったので、そういう意味で渋谷は俺にとってのアウェイの一つでもある。


なら、何故ここを選んだのか?


参考にするべく、お二人に好みの女性を聞いたところ、『若くて可愛いギャル!』という、テンプレもびっくりの回答が返ってきたのだ。

カップリング居酒屋自体は都内に幾つかあるが、その条件で調べてみたところ渋谷店が一番そういう子が集まりやすい傾向にあるとのことだった。


もうすぐ20時前に差し掛かった頃、ポケットの中でスマホが振動した。

……三田さんからか。


『はい。もしもし』

『あ!お疲れさん。もう着いたか?』

『はい。ハチ公前に行けばいいんですよね?』

『そうそう。もう待っているから』


そんな会話をしながら、丁度ハチ公前に差し掛かった俺は、きょろきょろと人混みの中から二人を探していたのだが……


この渋谷という街は、実に多様な人種が行き来している。

それは、外国人を指している訳ではない。気合の入ったヤンキーの様な装いから、さながら奇術師を思わせる様な奇抜な格好をしている人をよく見かける。

決して、そういった人達の格好についてとやかく云うつもりはない。ファッションというのはあくまで個人が楽しむものであり、それに対して他者が何かを言うのは野暮というものだ。


しかしである。今から一緒に、女性との会話を目的に行動しようとしている場合には、多少の進言は致し方ないのではないだろうか?


何を言いたいのかというと、一緒にいて恥ずかしい装いの二人が腕を組みながら、ハチ公前に鎮座していた。


え!俺は今からあの人達と行動するの?

こちらに手を振る人物達の元へとゆっくりと足を向けた。


「お疲れ様です……それで、あ、あの。三田さんは、 どうしてライダースーツを着ているのでしょうか?そんなパッツンパッツンの」

「男の戦闘服といったらこれだろ?」

「では、どうして新田さんはタキシードを着ているんですか?それも真っ白な」

「男の正装といったら、これ」


成程なー。

フウッー、と落ち着く為に深く呼吸をしたが、落ち着ける訳もなく、バッ!と頭を両手で抱える。


この人達、どういうセンスしているんだよ。

俺は勿論、女性と会う事を前提とした場なので多少は気を遣った。普段はパーカーといったラフな服装を好むが、この度はチノパンに白シャツ。黒いジャケットという、出来るだけ万人受けのする格好をしてきたつもりだ。

しかし、二人と合流した瞬間、お笑いトリオのツッコミ担当みたいになってしまった。

始まる前から罰ゲームである。


辺りを見渡せば、周りの人達は俺達を奇怪きっかいなものを見る眼差しを向けながらヒソヒソと話をしている。


これは、相当恥ずかしいぞ。


「お腹が痛くなってきたので、帰らせて頂きますね?」


踵を返した瞬間、ガシっと両肩を抑えられた。


「待て待て!俺達の気合いの入れように怖気づいてしまうのは理解できるが大丈夫だ。村瀬君も、そのー……いい感じだと思うぞ?」

「……悪くないと思う?」


こちらの反応を伺う様にチラッと視線を送ってきた。

どうして、俺の方が心配されてんだよ⁉固まる事しか出来ない俺を見て、二人は説得に成功したと思ったようだ。


「それで、村瀬君。相席居酒屋とは如何様なものなのかね?まあ、俺らなりにも調べては来たのだが、念の為にな」


ああ、もうどうにでもなれ。と、少々投げやりになりつつも腹を括る事にした。


「……基本料金は15分毎に掛かるそうです。飲み食いは自由みたいですが、自動延長なので、気が付いたら高額になってしまう事もあるので注意が必要そうですね」

「ふむ。その辺りの情報は、HP通りの情報だな」

「それと、女性はこちらで指定出来る訳ではなく、あくまでタイミングみたいです。人数や来店時間順の兼ね合いで席に振られていくので、こればっかりは運でしょうか?」


俺の一歩前を歩く三田さん。

肩甲骨の辺りには、白い羽が刺繍されていた。やばい、ダサい。あんなものを見せられたら、普通の女性は引くだろう。


そんな会話をしながら歩くこと5分。目の前にある高いビルのエレベータに乗り込むと6階のボタンを押した。


そして、ドアが開かれるとほぼ同時のタイミングで、


「いらっしゃいませ!ご来店ありがとう御座います。3名様で宜しいでしょうか?」

「あ、そうです」


やたらと元気の良い男性店員が迎えてくれた。眩しいほどの金髪の所為もあり3人とも目をシパシパとさせる。それでも何とか首を縦に振って質問に応じた。


「それでは、当店のシステムをご説明させて頂きますね!女性が来るまでの間は、お一人様15分当たり250円で飲み放題です。お食事も一部を除いて食べ放題となっています。女性が入室されてからは、750円となります。お時間は、こちらからお声がけすることは御座いませんのでご注意ください。それと、もしもお相手を変えて欲しいという場合はお声がけください。ご対応させて頂きますので」

「分かりました。宜しいですか、お二人とも?」

「ああ。あまり長居は出来んが良いだろう」

「結構高いけど、大丈夫」


その声を聞いた店員さんは、嬉しそうな表情を浮かべた。


「ありがとう御座います!現在は丁度いい人数の女性陣がいらっしゃいませんが、お席にご案内しても宜しいですか?土曜日ですし、直ぐにご来店するとは思いますが」


店内自体は込んでいるようだし、どうせすぐに来るだろうと、三田さんと新田さんは頷いた。


「大丈夫です」

「ありがとう御座います!!3名様ご案内でーす!」


席に案内されるまで無言だった新田さんだが、注文した生ビールが届いたところで声を出した。真剣な表情で俺達に目を配り、いつもの片言的な口調は鳴りを潜めていた。


「この制度……相手方に見切りをつける場合、出来るだけ早い方がいいという事だな」

「そうだな。確かに変な相手に時間を取られれば、それだけ金を浪費することになる」

「まあ、確かにお金は大事ですし。それで、どうするんですか?」

「そこで、合図を決めておくのはどうだろう?」

「合図ですか?」


コクリ

「もしも女性と話してみて、これは無理だと思ったらお互いの膝を軽く触る。幸い、掘りごたつ形式の席だ。テーブルの下で静かに動けば相手に不審がられない」

「成程!それによって、無駄な時間を省こうという事ですか」

「良いアイディアだな!よし、それで行くことにしよう」


ビールで3人だけの乾杯を済ませて、10分程経過したときだ。先ほどの店員さんが暖簾をくぐり席へとやってきた。


「お客様。女性が3名ご来店しましたので、お席までご案内させて頂きますね。あ、後程お一人が合流される予定だそうです」


店員に真剣な眼差しを向けると二人はゆっくりと頷いた。そして、程なく甲高い女性陣の声が聞こえてくる。


来たか。ピタリと動きを止めて一体どんな人達が来るのだろうか?と、俺達は固唾を飲んだ。フワッと翻った暖簾から覗く顔を凝視する。


「「「あぁぁ」」」


……そこには、孫悟空、沙悟浄と猪八戒がいた。


いや、勿論比喩なのだが。

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