(20)自己紹介から
西遊記
言わずとしれた有名な作品である。
その主要登場人物である、孫悟空に沙悟浄と猪八戒。妖怪的な存在である彼らは、それぞれが猿、河童、豚をイメージしたビジュアルだ。
……
ブワッと高く舞うのは、三田さんの右手と新田さんの左手。それらは、恐ろしいハンドスピードで下降してきた。
バンバンバンバン!!!
「チェンジ!チェンジィ!!」
「ま、待って下さいよ。流石にいきなりは。若しかしたら、いい子達かもしれませんよ」
「馬鹿を言えぇ!さっきから頭の中でガン〇ーラが聞こえてくるんだよ!!」
視線は女性に向けたまま、真ん中の席に座る俺の太腿を叩きまくる。そして、極小さな声量にも関わらず必死さの伝わる声で訴えかけてきた。というか、手をテーブルの上まで上げたら挙動が丸見えでは?
そんなやり取りを気にも留めず、彼女たちは席へと着く。そして、中央に座った猪八戒、もとい、ふくよかな女性が気だるそうに口を開いた。
「とりま、飲み物の注文しちゃっていい?」
「え、ええ。どうぞどうぞ」
そう促す俺を、両サイドから恨めしそうな目で見てくる二人の視線が痛い。ここは冷静になって貰う必要がありそうだ。
「まあまあ、落ち着いて下さい。お二人とも、普段からあまり女性と話していませんよね?なら、場を盛り上げる練習だと思ってみませんか?」
「グッ!確かに、女と話すのは得意ではないが」
「一理あるか?」
「んん~。そうだな……新田、少し頑張ってみるか?」
「……ああ」
よし!俺が密かに考えていた今日の課題。それは女性慣れである。
普段から女性と話す機会がない人間にとって、いきなり女性との会話を盛り上げるというのは難易度が高い。まずは色々なタイプの人間と話すことが第一歩だと考えた。何事も失敗を恐れていては始まらない。
まあ、俺も人のことを言えた口ではないが。
ただ、もしも今後お二人が本当に好きな人が出来た時に、今日の経験はきっと役に立つと思うのだ。だから、俺は二人のフォローを頑張ろうと思う。口下手なだけで、この人達のいいところを俺は理解しているつもりだ。だから、それが女性たちに伝わるように俺は手助けをしたい。
気が付いたら彼女達は注文を終えており、各々の前にはドリンクが並んでいた。
「それじゃあ、折角だし乾杯しようか!」
「それがいい」
早速、頑張ろうとお二人は積極的に声を上げると、残りのビールを宙に掲げた。
女性陣は、なおも気だるそうな雰囲気を醸し出しているが、勢いに負けたのかしぶしぶグラスを持ち上げる。
「「「カンパーイ!!」」」
男たちのハイテンションな声が鳴り響いた。
一度グラスを置いたところで、改めて彼女達を観察してみた。派手な髪色に露出の多い装い。見た目は大分若く見えた。さて、俺もサポートするとは決めたが、こういう子達はどんな話題を好むのだろうか。
「それじゃあ、自己紹介でもしませんか?俺は、村瀬蓮司です。宜しくお願いします」
「新田普太郎。ヨロシク」
「俺は、三田智治だ。宜しく!」
声を明るく発するこちらとは対照的に、面倒だな。という表情を露骨に浮かべている。しかし、こちらの送る熱い視線に根負けしたのか、ポツリと口を開いた。
「カナ」孫悟空
「サエ」猪八戒
「ユカ」沙悟浄
おおー、驚くほど淡白な自己紹介だな。
しかし、ここで黙っていては進展しない。何かしら会話を振ってみるか。
「お疲れ様です。みんなは学生さんかな。どんな知り合いなの?」
誰に聞いたというわけでもないが、カナと名乗る女性が口を開く。
「学校の友達だけど。というか、そっちは芸人さん?恰好やばいね」
誰が芸人だ!?とも、一瞬思ったが……否定出来ない。二人の恰好は確かに芸人そのもだ。とんだ巻き込まれ事故である。
「あ、カナ分かったかも。そうやって、一人だけ普通の恰好している人間ってツッコミじゃなくてボケだったりするんだよねー」
「確かに!でも、面白くなさそう。なんていうか売れないオーラ出てるよね。そういえばカナ。昨日の漫才番組って観た?」
「何かあったっけー?」
俺の切込みは、
ふむ。ここまで淡白だと、流石に二人が可哀想だよな。頑張って話そうにも、それを拒否されては会話にならない。練習というには余りにもハードモードである。
そんな俺に、一つの嫌なキーワードが頭を過った。
通称『奢られ屋』
ネットで見つけた情報だが、このお店は女性がお金を支払う必要が基本的にない。だから、食事や酒を目的にしてやってきて、食事がすんだらさっさと退散するという女性陣もたまにはいるらしい。そういう女性にとって男は寧ろ邪魔でしかない。理想は、黙って金を提供してくれる男だと書いてあった。
彼女たちがそうだと断定するのは早いかもしれないが、どうしてもそれを払拭できずにいる自分がいるのも確かだ。彼女達と合流してから、既に30分ほど経過している。いい加減頃合いなのだろうか?
そんな事を考えていた時、三田さんの大きな声で我に帰った。
「あ、サエちゃん。グラス空いたな!何か頼もうか?」
「え?ああ、そうね」
「そうだ!俺がさっき飲んでいた、トマトで割ったお酒が美味しかったからお勧めだぞ!よかったら、それにしない?」
「じゃあ、それで」
「了解。すみませーん、注文いいですか?!」
三田さんは、ずっと女性陣に気を使いまくっていた。グラスが空けば、彼女たちにお酒の提案をして、それを注文までしてあげる。その一方で、新田さんは観察するような視線で、彼女達をジッと見詰めると、軽くため息をついた。
トントン
膝のあたりを触られ視線を向けると、新田さんが神妙な面持ちでこちらを見ている。そして、チョイチョイと人差し指を軽く折って見せた。耳を寄せろということだろう。
「どうしました?」
「この状況をどう思う?……もしかしたらだが、彼女達の目的は奢られることではないだろうか?」
「実は、俺もそんな気がしてきたところです。どうしましょうか?だとしたら、さっさと席替えを頼んで来ましょうか?」
「ふむ、そうだな。これは致し方が無いと思う。女との会話が目的ならば、連中に拘る必要もないだろう」
「そうですね」
俺と新田さんが視線を合わせて頷いた瞬間、三田さんが本日一番の大声でとんでもない提案をしたのだ。
「じゃあ、そろそろ王様ゲームやろう!イエエエ!!」
「「「……」」」
一人、物凄いテンションの三田さん。それに対して、悲しい視線を向ける新田さん。そして、黙ったまま俯く女性陣。
「……まるでピエロだな。哀れで涙も出ない」
「あのメンタルは見習いたいと思います。それでは、席の移動を店員さんに打診してきますね?」
「ああ。頼んだぞ」
小さく頷いた俺が席を立とうとした時、奇跡が起きた。
「いいねえー!やろう、やろう!」
「ああー、いいかも~!久しぶりにやりたいかも」
いや、奇跡ではないのかもしれない。すべての事象に原因があるのだとすれば、その功労者は間違いなく三田さんだろう。彼の努力が結実したのだ。なんと、女性陣が顔を真っ赤にしながら、やたらとハイテンションで食いついてきたのだ。
これは!?
「ま、まさか三田の奴。これを狙っていたのか?!」
「ど、どういうことですか?」
「おかしいとは思っていたんだ。何故あんなにも気が利くのかと……あいつ、注文する酒を徐々に度数の高いものに変えていってたんだ!」
「ただの、ヤリチンの手口じゃないですか!?」
「フッ。人聞きの悪いことを言うな。俺は紳士だぞ?女を酔わせてどうこうするなど、卑劣な手は使わないさ」
いつの間にか会話に混ざっていた三田さんが、長めの前髪をかき上げながら、妙に気障ったらしい口調で声を発した。
「じゃあ、どういうおつもりで?」
「村瀬君。俺は思い出したんだよ。ネットに書いてあった名言をな」
「名言ですか? それは一体?」
「……ブスはな、友達が可愛い事が多いらしい!こいつらには可愛い子達との合コンを開いて貰おうぜ?」
グッ!と立てられた親指、そして異常に爽やかな笑顔を浮かべる三田さん。
俺は、あんぐりと口を開けたまま何も言えずに、その指を呆然と眺めていた。
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