(17)公園にて

「うう。苦しい……」

「俺もヤバい、かも」


2人で協力して、巨大なパンケーキを完食した俺達は店を後にしたのだが……

大量の生クリームを摂取した際に訪れる、特有の胸やけというのだろうか?現在そんな胸のモヤモヤと戦いながら恵比寿周辺を散歩していた。


「美香ちゃん、大丈夫?歩いている方が楽だと言っていたけど、あれだったらどこかに座る?」

「このままで大丈夫よ……今、座ったらもう立ち上がれない気がするの」


足を効かされたキックボクサーみたいな事を言う彼女は、苦しそうな声を上げると体ごと腕に寄りかかってきた。

自分で歩けと、その頭を軽く押してみるが、ギューッとしがみ付く力を強めて無言の抵抗を図ってきた。


そんな彼女を覗き込むように視線を下げる。

寒さからか、健康的な肌色を薄紅色に染めていた。通った鼻筋は先端が少しだけ丸みを帯びていて、彼女の内面的な柔らかさを代弁しているようだった。もしくは、野生の猫の様に、綺麗だけど鋭い眼差しを和らげる為なのかもしれない。

入学して3人に告白されたって聞いたけど、本当なんだろうなと頷けた。高校での彼女を知らないけれど、ちゃんと根幹に優しさとか温かさを内包している彼女は、見た目だけでなく素敵な女の子だ。きっと、それに気が付いた目聡い学生諸君がいたんだろう。


……なんだ?少しだけ、本当に僅かだけどモヤっとした。若しかして、これが会長の抱いている感情なのだろうか。だとしたら、俺も娘というか美香ちゃん離れをしなきゃ。


そんなことを考えつつ、気が付いたら先ほどと反対の東口の方に出ていた。


「このまま進めば広尾方面かぁ。どうする?目的は果たしたし帰ろうか?」

「……普段来ないところだし、まだ歩きたい。広尾っておしゃれなイメージがあるし」

「分かったよ。それじゃあ、このまま歩こうか」

小さく頷いた美香ちゃんと一緒に、そのまま歩き続けていくうちに、商店街と呼べるような場所に行きついた。

以前も来たことはあるけど、あんまり俺が楽しめそうなスポットはないんだよな。いや、散策が不十分なだけかもしれないけど。いまいち楽しみ方が分からずに歩いていると、大きな公園の前を通りかかった。


ベンチもあるだろうし、流石にここいらで一休みかなと美香ちゃんに声を掛ける。


「この辺で少し休まない?」

「いいわね。景色も良さそうだし、私も丁度座りたくなってきたところ」


そんな会話をして、再び歩き出した時。


「おーい!黒木さーん!」

男にしては少しだけ甲高い声が聞こえた。その声のする方を振り帰ると、スポーツウエアに身を包んだ、少々気の抜けた感じの青年が美香ちゃんに手を振っていた。


「こんにちは、黒木さん。偶然だね」

ニコニコとした青年の手にはリード。その先には柴犬が繋がれており、はっはっ、と舌を出しながら短く呼吸をしている……丸っこくてカワイイ犬だな。


俺と同じく、声の主へと振り返った美香ちゃんは、

「あら、舟形じゃない。犬の散歩?可愛いわね。丸くて」

「そうなんだよー、最近こいつ太ってきたからさ。僕のロードワークも兼ねて遠出していたんだ」


美香ちゃんから舟形と呼ばれた青年は、俺に気が付くと視線を合わせた。

「あ、こんにちは……もしかして、黒木さんのお兄さんですか?うわー、かっこいいな。兄妹そろって美形なんですね」


舟形君か、素直でいい子じゃないか。

「こんにちは舟形君。俺は美香ちゃんと兄弟じゃないよ。まあ、近い感じはあるけど。今日は一緒にカフェに行ってたんだ」

「え?でも、僕達より大分年上ですよね?……は!まさか、パパカt」


バンッ!

美香ちゃんは舟形君の頭をはたいていた。それはもう鋭く速く。

「つー痛っ!ち、違うの?ご、ごめん!……だから、その拳を収めて落ち着いて話そう?大丈夫、僕らはきっと分かり合えると思うんだ」


バッキバッキの殺気を放つ美香ちゃん。ほう、大したものだな。


じりじりと滲みよる彼女に慄いた舟形君は、距離を取ろうと試みている。両手を前に突き出し、犯人に馬鹿な真似は寄せ!と訴えかける警察の様だった。

「そこは普通に彼氏と間違えなさいよ……バカ」


彼女は小さな声で何かを言っていたが、俺も恐らくは舟形君も聞き取れなかったのだろう。彼はキョトンとした表情で、顔に?マークを浮かべていた。


短いため息を吐いた美香ちゃんは、しゃがみ込むとお腹を出して寝転がっている犬のお腹をツンツンとして遊び始める。

そんな彼女を見下ろしていたが、ふと舟形君と目が合った。もう少しだけ自己紹介をしておくか。あらぬ誤解を完全に払拭する意味合いも兼ねて。


「舟形君、はじめまして。俺は村瀬っていうんだ。美香ちゃんのお父さんが経営しているキックボクシングジムで働いていてね。その関係で、美香ちゃんとは古い付き合いなんだよ」

「あー、そうだったんですね!僕は舟形克己ふながたかつみです。黒木さんと同じ高校の同級生で、ボクシング部に入っています。といっても高校から始めたばかりで、まだまだ下手なんですけどね……その証拠に、毎日みたいに黒木さんからサンドバッグみたいな扱いを受けていますし」

「ちょっと、人聞きの悪い事言わないでくれる?強い攻撃はボディーだけに絞っているでしょ?」

「それが効くの!?お腹への攻撃が一番効くんだよー。息が出来なくなるし、お昼に食べた焼きぞばパンとかが口から出そうになるしさー」


泣きそう、というかうっすら泣きながら、美香ちゃんにボディーブローを受けた時の感想を述べる舟形君。

ああ、分かる分かる。ボディー攻撃って痛いというか効くんだよな。


「はは、その様子だと美香ちゃんは、学校でも畏怖の対象になってそうだな」

「学校でも、って何よ。他にあるわけ?」


うわっ!藪蛇だった。焦る俺を、鋭い眼差しで見上げてくる。しかし、そこに救いの手が差し伸べられた。


「ええっと、そんな事ないです。黒木さん、学校では男女問わず人気があるんですよ?可愛いから男子に人気があるし、かっこいいから女子にも人気があるし。それに勉強も出来て優しいから」


そんな舟形君の台詞に、口をパクパクッとさせ顔を赤らめた美香ちゃんは明後日の方向を見る。

さっきから思っていたが、この子凄いな。普通、正面切って同級生を可愛いなんて言えるものなのか?いや、最近の高校生はこれ位自然に言えてしまうものなのだろうか?などとおっさん臭い事をつい考えてしまう。


「だから、何度か告白されたなんて噂も聞きますし。まさか長谷部はせべ先輩まで__」


そこまで言って、ハッとした舟形君は口を噤んだ。少しバツの悪そうな顔をして言い淀むその表情に、俺も美香ちゃんも怪訝そうな表情で彼を見る。


「何よ、舟形。どうかしたの?」

「いや、ええっと、その。2人の時に話した方がいいのかな?いや、第一その噂話の類だし……」

「いいわよ、別に。レン…彼に聞かれても困る話なの?」


ううーん、まさか美香ちゃんに、と呼ばれる日が来るとは。

恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。自身の発言に耳を赤くする彼女を見て、そんな事を思った。


「えっとね。これは噂話みたいなところもあるんだけど、長谷部先輩がさ。部活を引退したあたりから、あんまりいい噂を聞かなくて」

「長谷部先輩が?」

「うん。その、何て言えばいいのかな……」

「何よ。気になるから言いなさいよ」

「これは、仲の良い女子に聞いた話なんだけど。最近……その学校の女子に、パパ活の斡旋?みたいなことをしているって」


それは穏やかな話ではないな。パパ活について詳しく知っている訳ではないが、年上の男性とデートをする対価にお金を貰うというものだろう。健全な学生が行う稼ぎ方ではないだろう。

それを斡旋している可能性のある長谷部先輩というのは、先ほどの話から察するに、美香ちゃんに告白をした男の話だろう。

2人の共通の知り合いの上級生という事は、ボクシング部なのか?


「い、いや。ごめん!ホントに噂話だから。ただ、黒木さんはボクシング部では紅一点の存在だし、変な事に巻き込まれたりしたら大変だと思って」

「そう……心配してくれてありがとう。一応、気を付けるわ」

「うん!それじゃあ僕は行くね?黒木さん、また明日。村瀬さん、さようなら。またお会い出来たら、キックボクシングのお話とか聞かせて下さい!」

「うん、勿論。舟形君も暗くなってきたから気を付けて」

「じゃーね、舟形。また明日」


俺達に向かって手をブンブンと振ると、彼は犬を引き連れ走っていた。そんな後姿を見送りながら、本当に念のためにだが注意を喚起した。

「なあ、大丈夫だとは思うけどさ。何かおかしいとか違和感を抱いたら、俺でもいいけれど、会長にしっかり伝えるんだよ?」

「……心配し過ぎよ」


そう呟いた彼女は少しの時間、何かを思い出すようにして立ち尽くしていた。


それから、しばらく無言の美香ちゃんだったけど、二人で公園内の景色を楽しんだ俺達は、駅に向かって歩き出したのだった。

そんな道中。


「ね、ねえ、レンジ。また遊びに連れてきてくれる?」

「ああ勿論。まあ、今回みたいにタイミングが合えばだけど。美香ちゃんが部活に入ってからは、以前より顔を合わせることも少なくなってきたしね」

「それは!そうだけど……今日みたいに、部活がない日もあるから……その」


うーっ、と子犬みたいなうなり声をあげて言い淀む美香ちゃん。

ハハッ。何だかおかしくなって、その頭をポンポンと撫でるように手を置いた。


「じゃあ、予定が分かったら連絡くれよ。そうだな、次は辛いものでも食べに行くか?」

バッと顔を上げると、次第にその表情はパアっとしたものに変わっていった。


「私さ、辛いのは苦手だから覚えておいてよね!」


そう言った彼女は、俺に満面の笑みを向けてくれた。

幼い頃を思い出させるような……でも、やっぱり成長したんだよな。そう、思わせてくれる笑顔を。


そんな表情から、俺は何故か目が離せなかったんだ。



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☆が100を更新しました。

いつもご覧になって下さっている皆様。本当にありがとうございます。

今後もどうぞ宜しくお願い致します(^^)

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