(16)写真
「お待たせ致しました。パンケーキとパフェで御座います」
女性店員さんの声が聞こえ、そちらを見上げた瞬間。
「え?」
思わず、ヒクっと頬が引き
美香ちゃんもまた、驚いた顔で店員さんを、というよりもパンケーキを見上げていた。
「あ、あのー、すみません。頼んだのは1人前なんですが。このパンケーキ間違えていませんか?」
「あ、初めてのご注文でしたか?当店のパンケーキは大きさも売りでして。皆様、よくシェアして召し上がるんですよ。彼女さんと召し上がって下さい。パフェの方は、普通のサイズですので」
シェアが前提って……
俺は目の前に置かれたパンケーキをまじまじと観察する。まるで、ピザのLサイズを載せるために購入したのではないかという広くて大きな皿。
その上には一回り小さいサイズのパンケーキが3枚。かなり分厚いうえに、その上には大量の生クリームが盛られ、ベリーがこれでもかと散りばめられていた。
確かに甘いものは好きだけど、流石にこれは……
「美香ちゃん、好きなだけ食べちゃってね。これ、一人では無理だわ」
「……彼女さん……へへ」
上手く聞き取れなかったけど、彼女はにやけた表情で小さく何かを呟いていた。
「美香ちゃん、どしたの?」
「な!何でもないけど……何?」
「いや、好きなだけパンケーキ食べてなって。俺も、流石にこれ全部は無理そう」
「う、うん」
そう短く返答した後、彼女はおもむろにスマホを取り出した。そして、自分の前に置かれたパフェにかざすと、パシャリと撮影を始めた。
「ああ、写真か。女の子って食事を撮るの好きだよね?」
「別に好きってわけじゃないけど、滅多に来れる店じゃないしね。ただの記念よ」
「記念か。そういう事なら、俺も一枚撮っておこうかな?会員さんとの話のネタになるかもしれないし」
俺もまた、ポケットからスマホを取り出した時、先ほどの女性店員さんが声を掛けてきた。
「お客様。宜しければ、お撮りしましょうか?」
「ああ、いえ、、、」
結構です。と。否定しようとしたが一度口を閉じる。
若しかして、この店員さんは写真が撮るのが上手いのかもしれない。ここで働いている訳だし、そういうセンスは少なくとも俺よりは上のはずだ。どうせ撮るなら、旨そうに写っている方が会員さんと話をする時も会話が弾みそうだしな。
「ええっと、それじゃあ。お言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」
「勿論です。それでは、もっと寄って貰って宜しいですか」
「寄せるって、こうですか?」
俺と美香ちゃんは、互いの目の前にあったパフェとパンケーキをテーブルの中央に寄せた。
「あっはっは。お客様方は面白いですね。そうではなくて、お二人がですよ」
「「……え?」」
「記念ですので、どうぞお料理と一緒に写って下さい。あ、写真をインスタで投稿して、当店名をハッシュタグに付けて下さったら、特性のハンドソープをプレゼントさせて頂いております」
記念って、なんの記念ですか⁉
そう突っ込みたい衝動に駆られたが、
そうだよな。俺も恥ずかしいし、ここはお断りしようと再び口を開こうとした時だった。
ガラッ。
美香ちゃんは椅子をテーブル中央の方に寄せると、ん、と顎で促してくる。
「写真撮るの?」
「……丁度、ハンドソープを切らしていたのよ」
「おまけに、インスタに載せるの!?」
「悪い?大丈夫よ。私のアカウントはフォロワー1人もいないし。非公開だから」
「いや、そういう問題ではなくて」
「じゃあ、どういう問題?」
恥ずかしい、というのが結論である。さっきまで手を繋いでいた癖に、と美香ちゃんには言われそうだが形に残るという事に対しての照れくささは、ひとしおだ。
そんな俺の事情などお構いなしで、彼女は俺の椅子に手を掛けると、グググっと力を込めた。
「わ、分かったよ」
立ち上がると、彼女に倣って椅子を中央に引き寄せてから座った。直ぐ側には美香ちゃんの横顔。
そんな俺達に、俺のスマホを構える店員さん。
「はい、いいですねー。それじゃあ撮りますよ?……彼氏さん、もう少し笑って貰えますか?あ、そうだ。彼女さんが『あーん』して、差し上げれば笑えますかね?」
「「しません!」」
残念そうな表情で、スン、と鼻を鳴らした店員さんは再びカメラを構え直した。
「はい、チーズ!……どうぞ、ご確認下さい」
ディスプレイを覗き込むと、テーブルの上に並んだ大きなパンケーキに、イチゴが沢山盛られた鮮やかなパフェ。
そして、照れ臭そうに微笑みながら小さくピースサインをする美香ちゃんと、思ったよりも自然に笑えている自分の顔が映っていた。
何より、それを眺めている美香ちゃんは、写真よりもいい表情で笑っていた。
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