(13)髪飾り

月曜:PM13:50


「後10分か。もう少しゆっくり来ても良かったかもな」


現在俺は、恵比寿の西口改札前で一人立ち尽くしていた。11月に入り気温は落ち込む一方だ。14時という温かい時間帯ではあるが、それでも少し寒い。もっと着込んでくればよかったと、おもむろに白いパーカのポケットに手を突っ込んだ。

辺りを見渡すと、連休最終日にも関わらず多くの人達で賑わっている。俺の近くでスマホを弄っている人達も待ち合わせ中なのだろうかと思考を巡らせると同時に、昨日のやり取りを思い出していた。



「明日は無理だよ。シフトが入っているし。どんなに急いでも、恵比寿に着くのは20時近くになるよ?流石に女子高校生を遅くまで連れ出すのは気が引けるし」


美香ちゃんは、明日恵比寿にあるスイーツが美味しいカフェに連れて行って欲しいと俺にお願いした。勿論、それ自体は構わなかったけれど、残念ながらシフトが入っていた。


「そうだ!村瀬は明日すこぶる忙しんだ、そんな暇はない!休むと会員様方に迷惑が掛かるだろ?それにほら……あれとか、これとかあるからな。無理!!諦めなさい、美香」


何故か食い気味に俺の事を語るのは黒木会長。大人しい人と思った事はないが、これだけテンションが高いのは珍しいな。指示語が多すぎて内容が頭に入ってこないが、よっぽど俺に出勤して欲しい、という事だけは伝わった。


「カイチョー。サポン、がカワリデテモイイヨー」

サポン先生は美香ちゃんに助け舟を出そうとしたのか、そんな寛大な御心を披露した。サポン先生だってたまの休日くらい、色々やりたいことがあるだろうに。

一方で、会長といえば取り付く島もなかった。


「ダメだ!村瀬は貴重な戦力だからな。村瀬の変わりはいない!村瀬万歳!」

どれだけ俺の名前を連呼すれば気が済むのかという位、会長は狂ったように俺の出勤を推してくる。褒め称え方が雑過ぎるからだろうか?一周回って馬鹿にされている気すらしてきた。


そんな会長に対して、サポン先生は粘り強く交渉を行うことにしたようだ。

「カイチョー」

「駄目だ!」

「ダメデスカー?ドシテモ?」

「どうしてもダメ!」

「……サポン。シアイ、デテイイよ?」


・・・・・・バッ!

俺と会長は大きく目を見開き、勢いよくサポン先生へと振り返った。


今、何て言った?試合に出てもいいと言ったのか!嘘だろ。


会長も先程までの勢いだけで話す様な事はなくなり、真剣な表情でサポン先生の顔を覗いていた。

「サポン。それ本気で言っているのか?だってお前、あれだけ嫌がっていたじゃないか」


無言のまま、にこりと笑みを浮かべるサポン先生。そんな表情のまま見つめ続けられた会長は遂に根負けしたようだった。この瞬間、会長のTKO負けが決定した。


「はあー。どうして、お前はそこまで美香に肩入れするんだ?まあいい。村瀬だったら問題も起きんだろうからな……それとサポン、さっきのは聞かなかったことにしてやる。もし本気で試合に出てもいいと思えたら、改めて教えてくれや。喜んで最高のマッチメイクをするからよ」

「カイチョーさん、アリガトゴザイマス。ダイスキ」

「というわけで、村瀬。お前明日は来なくていいから」


さっきまでの熱量は何だったのか?シッシッと、まるで野良猫を追い払うような動作を、俺に向けた。

というかシフトを勝手に削られたよな。俺の意向はお構いなしですか?そうですか……


美香ちゃんといえば、状況を全く理解できていなのだろう。説明を求めるべく、ツンツンと俺の脇腹をつついてきた。


「ねえ、レンジ。今のやり取りってなんだったの。サポンがどうしたの?」

「ん、ああ。美香ちゃんは世代的に知らなくても仕方がないのかな?もの凄くざっくり云うと、生ける伝説の試合が日本で見れたかもしれない瞬間だった。と、いう事かな?」

「?……何それ?」

「まあ、興味あるなら今度ゆっくり教えてあげるよ。最も、俺より会長の方が何倍も詳しいと思うけどな」

「ふーん?」


少しの間、何かを考えるようにしていた美香ちゃんだったが、突然ニヤリとした表情を浮かべた。

「じゃあレンジ。明日、14時に恵比寿の西口に集合ね?」

「はいはい、分かりましたよ。お付き合いしますよ、お嬢様」


元々仕事があるから予定を入れている訳もなかった。

それに、ここで断ったら……


ビューン!!ズバッ!

後ろで鼻歌を歌いながら回転肘打ちソーククラブのシャドーをしているサポン先生の肘が飛んできそうな予感がして、物凄く怖かったというのが本音である。




「レンジー!」

その声でふと我に返る。声の主は勿論、美香ちゃんだった。

ふわふわとした白いファーが付いているベージュ色のダッフルコートを羽織り、下は丈が短めなスカート。そんなどこから見ても、可愛らしい女の子という装いで彼女はこちらに駆け寄ってきた。


「ま、待った?」

「いや、5分くらいかな?」

現在は14時、5分前。ちゃんと、5分前行動が出来る美香ちゃんは感心である。


「そ、そう。じゃあ行きましょうか?……何よ、ジッと見詰めたりして?」

「いや、その髪飾り。高校の入学祝いに俺がプレゼントしたヤツだなと思って」


美香ちゃんの左側頭部あたりで静かに主張しているのは、彼女の入学祝いにと贈った髪飾りだった。ユリの花と葉をモチーフにした銀色のそれは、決して高価ではなかったけど、何となく彼女に似合いそうだなと思って購入したものだ。


少しだけ、耳と頬を赤く染めた美香ちゃんは、

「そ、そうだったけ?よく、覚えてたわね//」


そう言うと、ちょこんと俺の小指を握り、ゆっくり歩き出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る