(8)会員さん達からの脱出

居酒屋の会計を終え、店先に出た所で会員さん達は2次会をどうするか、と話し始めていた。


さて、俺といえばこれから2人きりの、2次会が控えているわけです。先ほど会計をしているタイミングに乗じて、雪谷さんに短く作戦を伝えさせて貰った。


2人で消えるのはあまりに露骨だし、正直に、「これから、雪谷さんと2人きりで飲みに行ってきます!へへへ」


なんて言った暁には、この場にいる全員から、練習のボイコットを受けかねない。最悪、俺のクビと自分たちの退会を天秤にかけて、会長に突き出す可能性も否定できなかった。


それはマズイので、彼女には予めお店に行ってもらい、後程合流するという手段を取ることにしたのだ。


後は、どうこの局面を切り抜けるかだな。


「村瀬くんも2次会行くよね?」

会員さんの一人である、三田さんからお誘いを頂く。普段なら喜んで行くところだが。


「すいません。実は明日、朝からちょっと予定が入っていまして。今日は帰らせて頂きますね」

申し訳なさそうな表情の演技は、我ながら完璧だったと思う。


「えーそうなんだ。残念」

「いやー本当に残念だよ。村瀬コーチ」

「まったく、まったく」


あれ?いつの間に?

気が付けば、数人の会員さん達から囲まれていた。

「まあ、予定があるんじゃ仕方ないか。」

「そ、そうなんですよ。いやー残念だなー」


三田さんは腕を組みながら、フムフムと首を上下させる。

「実はさっきな。雪谷さんにも、当然2次会のお声掛けをしたんだ。しかし、朝が早いと断わられてしまってな?」

「そうなんですか。いやー彼女も色々あるでしょうし」



何故だ、嫌な予感がするぞ。ツー、と無意識に汗が流れる。


「そうか、偶然だよな。まさかなあ、これから雪谷さんと2人きりで飲みに行くなんてことは……ないよなぁ?」


ギョロ!


その場にいる全員が、俺の顔を凄い形相で覗き込んでいた。まるで、ベテランの刑事が犯人に自白を迫る時のような表情である。


「い、嫌だな。そんな訳はないじゃないですか?」


・・・・・・


「だよなー!あっはっはっは」

両肩をポンポンと叩かれ、周りからは一斉に明るい笑い声が聞こえた。


バ、バレていない?


「そ、そうですよ。嫌だなー。あははは!」

「いやー、すまんすまん。だがなあ、もしも、もしもそんな事があった暁には……」


「「「死ぬ覚悟は出来てるんだよねえ?村瀬コーチィイ!!!」」」


見事なハモリと、劇画のような表情でメンチを切る皆さんを前にして、無表情でコクコクと頭を上下させることしか出来なかった。


やべーよ、この人達。まさか、練習のボイコットではなく命を直接狙ってこようとは。今後の対応の如何いかんでは、られる?


そして、スクラムを組むと、ヒソヒソと何かを話し始めた。

「おい、あれはシロか?」

「うーむ、あのプレッシャーに耐えた所を見るとな」

「まあ、いいだろう。今後、奴が下手な動きを見せたら、その時はだけだ」

「そうだな。束になって隙を狙えば、いくらでも機会はあるだろう」


”やる”って、何でしょうか?ちょっと漢字が分からないです。


クルッ

「それじゃあ、村瀬コーチ。お疲れ様でした。おやすみなさい!」

「また、飲もうなー」


ニコニコとした不自然な笑みを浮かべて、俺を見送ってくれる皆様方。


うーん、今後の対策を考えなければ。

命の危機を感じつつも、雪谷さんの元へ向かう為に足早に歩き出すことにした。



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