(6)歓迎会は突然訪れる


平日なら22時まで営業しているが、本日は土曜日なので18時に閉館する。それを理解している会員の方々は閉館時刻15分程前になると、一斉に帰り支度を始めた。


「なあ、今日飲みに行かないか?」

そんな中、会員さんの最古参の一人である加山さんが提案の声を発した。突然の提案に、顔を見合わせる会員さん達。


「そう、っすね…」「疲れたしなー」「どうするか?」

と、全体的に乗り気でないようだ。


しかし局面というのは、一瞬で瓦解することがある。


「雪谷さんも行こうよ」


同じく帰り支度を始めていた雪谷さんは、キョトンとした表情を浮かべていた。

「……私ですか?」


加山さんのその一言は、野獣たちの魂に火をつける事となった。


「お、俺!安くて広くて美味い、居酒屋知っているぞ!」

「馬鹿!本当にお前は!雪谷さんが小汚い居酒屋に行くわけないだろ。そうですよね?!」

「おしゃれなビストロ知ってます。俺の行きつけですよ、俺の!」


本人の承諾も無しに、本日一番の盛り上がりを見せている。まあ、気持ちは分からなくはないけど。俺はといえば、掃除用のモップに頭を預けながら苦笑いを浮かべていた。

でもまあ、理由は不純だが最近の頑張りに対するご褒美があっても、バチは当たらないのではないか?彼女が来て以来、男性会員の皆さんは本当に真剣に練習を行うようになっていたから。


「雪谷さん、どうでしょう。お時間あれば行きませんか?その、貴方の歓迎会という事で」


だから、微力ながら助け舟を出すことにした。


「村瀬さんも来てくれますか?その、私の歓迎会に」

じっと、俺を見つめる彼女。

すっかり忘れていたが、こうして見つめられると、凄い美人だったという事を改めて思い知らされる。泣いているわけでもないのに、どうしてそんなに目が潤んでいるのだろう?


「ええっと、宜しければ」

「でしたら」


ウオーーーー、イヨッシャー!!!


男たちの汚い歓声がこだました。


全員がテンションを大いに上げて、急いで帰り支度に入る。いつもなら、1人につき3分程度で終わるシャワーの時間が倍以上かかっていたことに、男の虚しい性を感じずにはいられなかった。



「会長、お疲れ様でした。お先に失礼します」

「お疲れ。飲み会、楽しんで来いよ」


ジムの清掃を終え、少しだけ遅れて本日の会場へと向かう。


あの後、話し合いが行われ雪谷さんがイタリアンが好き、という発言をしたので、近場のイタリアン風居酒屋を予約することになった。俺を入れて人数は15人。まあまあの大所帯である。



「いらっしゃいませー」

「あ、待ち合わせなんですが。代表者名は、加山さんです」

「加山様ですね?はい、かしこまりました。どうぞこちらへ」

レジ前の店員さんに声を掛けて、座席まで案内してもらうと、お酒を飲むわけでもなく雑談に興じていた。


「すみません、お待たせしました」

「おお。来た来た。早く飲もうぜ!」

「お疲れ様です。村瀬さん。」


声を掛けて、端の席に座る。飲み放題を注文するからという理由で、待ってくれていた様だ。

「生中の奴、手えあげてー!」


各々が注文を済ませて、全員分の飲み物が席に運ばれる。

会長が不在という理由で、乾杯の音頭取りを任命されることになったのだが、まあ、こんなものさらっと済ますに限る。


「えーそれでは、本日も皆様お疲れ様でした。そして、雪谷さん。この度は当ジムへご入会頂きましてありがとう御座います。時にはキツイこともあるかもしれませんが、一緒に頑張りましょう。それでは皆さん、乾杯!」


カンパーイ!

それぞれが近くに座っている人間とグラスを合わせて話しを始める。

雪谷さんの大人気ぶりは大したものだった。よく会話は聞こえないが、矢継ぎ早に何かしら質問をされているようだ。


「ジントニックご注文のお客様?」

「あ、自分です」


若い女性の店員さんが、お代わりの飲み物を運んできてくれた。飲み物が置かれようとした、その瞬間。


「あっ」

店員さんが手を滑らせて、俺の服にジントニックが飛び散る。


「も、申し訳ありません!」

服についたジントニックを拭き取ろうと、おしぼりでシャツを拭いてくれた。しかし何というか、こういう事をされるとむず痒くなってくる。黙って女性に体を拭かれるというのは、気恥ずかしさもあるし。


「大丈夫ですよ。安物ですから、気にしないで下さい」

自分でやりますからと、おしぼりを受け取ろうとした瞬間、店員さんと手が触れ合った。


「キャッ」

店員さんは、頬を赤く染め上げ驚いた声を上げる。


「す、直ぐに、新しいものをお持ちさせて頂きます。」

照れたように、パタパタと音を立て、厨房の方へと戻っていった。

そんな光景を見ていた会員さんたちは、お酒が入っている事もあってか、ノリノリで弄ってきた。


「なんだよ、モテモテじゃん。レンジく~ン」

「キャッ、だって。可愛いーなー」

「そんなんじゃないでしょうに」

ねえ。と同意を求めるように目を配らせていくと、雪谷さんと目があった。


あれ、なんか怒ってる?

僅かに頬を膨らませた彼女が、ジトっとした目でこちらを見ていた。


「えっと、すいません、ちょっとトイレ行ってきます」


何となくバツが悪くなり、逃げるように立ち上がると、トイレでインターバルを取る為にそさくさと移動した。

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