2
ほんの一瞬だけふわっと無重力状態になった。
死を目前に人生が走馬燈のように駆け巡る。
貧しかった少年時代。
狙う家屋は人通りが少ない曲がり角の付近の一軒家。
悪ガキだったおれは近所の家を悪戯でピンポンダッシュをして廻った。
れっきとした犯罪行為だ。
そこに住む住人が外に出てきて、
まぬけ顔でキョロキョロしている姿を、
陰に隠れてこっそり覗き見るのがたまらなかった。
おれは幾度となくこの悪戯を繰り返した。
飽きるまで、ずっと……
だが、こんなおれに人生が劇的に変わる出来事が起こった。
おれは何食わぬ顔でインターホンのボタンを押す。
すると、どうだ。
なぜかこの家はピンポーンの音が鳴らなかった。
初めての失敗だった。
くそっ!
なんってこった!
おれは地団駄を踏み内心で毒づいていると、
ふいに背後から声をかけられた。
「こんにちは、ザック」
おれの名はアイザック。
みんなからザックというあだ名で呼ばれていた。
彼女の名はジェニファー。
同級生の女の子。
西洋人形のようなつぶらな瞳にポニーテール。
密かに好きな娘だった。
「や、やあ、ジェニー」
「何か用かしら?」
「ま、たまたまここを通りかかったもんだから――」
おれは動揺を隠すのに精一杯だった。
「うちのインターホンを押しても無駄よ」
「えっ」
「ぶっ壊れてるの」
「どうやらそのようだね」
「あっ、そうだ」ジェニーは青い瞳を輝かせて手を叩いた。「ザックって手先が器用でしょ」
「そりゃ、まあそうだけど……」
「お願い、ザック。なおして」
「えっ、このおれが?」
「あー、ちょっと待っててね! いま道具箱持ってくるから」
彼女はとびきりの笑顔ではしゃぎながら駆け出した。
おれはプラスドライバーを持った。
なんだか妙な気分になったのは言うまでもない……
彼女は期待の眼差しでじっとおれを見つめる。
もちろん修理なんて一度もしたことがなかった。
心臓が早鐘を打つ。
この日がおれにとって記念すべき修理屋の第一歩となった。
その結果、どうなったかって?
お察しの通り、ネジを外して子機を取り、
つながっている二本のコードを外したまではよかったのだが、
悪戦苦闘のあげく親機の乾電池が切れていたというオチに気づくまで、
日没近くまで時間がかかった。
「やっとなおったよ、ジェニー」
「ザック、ありがとう!」
ジェニーはおれのほっぺたにキスをした。
男はなんて単純な生き物なのだろうか。
おれはハイスクールを卒業するまで、
電子機器の修理の魅力に取り憑かれた。
それから、数十年後。
おれはアメリカで屈指の修理屋となった。
修理を断られ、
見放された家電たちが世界各地から続々とやってくる。
おれの修理成功率は九割六分九厘を超える。
依頼者の「使いたい」に応えるため、
半世紀にわたって数え切れない家電と向き合ってきた。
だが、人生って奴は甘くはない。
普通のサラリーマンよりも安い報酬に加え、
家電の修理に没頭する毎日。
愛想尽きた女房は子供を連れて家を飛び出し、
おまけに近所の奴らは、
おれのことを碌に知らないくせに、
まったくリスペクトもせず、
家電のゴミ屋敷に住む
くそっ!
なんて無様で皮肉に満ちた世の中だ!
どいつもこいつもみんな死んじまえばいいんだ!
と、その時電話が鳴った。
おれは乱暴に受話器をとった。
ぶっきらぼうな感じで言った。「はい、もしもし~」
その声の主は、なんと大統領からだった。
やがて、白い光に包まれた。
おれのからだは路上に激突。
頭は腐ったトマトのようにぐしゃっと潰れる。
脳味噌をぶちまけた。
最期にこう思う。
輪廻転生――おれの魂は……きっと誰かに……引き継がれる……
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