「どうだ、臭いか?」

「ええ、臭いわ!」

「じつをいうと、この鶏糞には、おれのが混じってるんだぜ」

「助けて……お、お願い……」

「――嘘だよ」

 演劇が幕を閉じた。

 女はほっと胸をなでおろす。

 これで彼はわたしものだ――!

 喜びもつかの間、

 男は掌で女の額をどんと小突いた。

 あっけにとられた女はぽかんと口をあけた。

 男はくすっと笑うと、きびすを返して歩く。

 向かった先は家畜小屋だ。

 察しがついた女はうわずった声でいった。「いやぁー! 撮らないで!! ……この格好恥ずかしいよぉ!」

「――おまえ恥ずかしいのも本当は好きなんだよな」

 男はにやりと笑った。

 家畜小屋のドアを開ける。

 古めかしい蝶番が軋む音。

 潤滑油が完全に切れた音。

 ドラキュラ伯爵の柩が開くような音。

 いままで犠牲になった哀れな女たちの悲鳴と絶叫に似た音。

 無数の魂が引き裂かれた音。

 そんな音だった。

 小屋のなかは無人で牛一頭もいない。

 干し草の上に置いてある一眼レフを踏み潰すと、

 壁に立てかけてある長い斧の柄をぎゅっと握り締めた……

「待たせたな――」


 男装した女と女装した男は熱い口づけを交わし、究極の恍惚エクスタシーを味わった。

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サド レックス・ジャック @suteibun

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