第4話

「うわっビックリした!」



翔の声にあたしは「どうしたの?」と、質問する。



「今タブレットからすごい音がした」



「もしかして、あたしたち以外の全員が退室した?」



「そうなるのかな?」



翔は首を傾げている。



他のメンバーも同じような音を聞いて、その瞬間他のクラスメートたちの画面が暗転したようだ。



普通に退室したのとは、どうも違うみたいだ。



「ちょっと待って。麻子に連絡してみるから」



あたしは早口に言ってスマホを操作した。



《紗弓:麻子、みんな退室しちゃったの?》



《麻子:え? みんな普通に授業を受けてるよ? 退室したのはそっちだよね?》



麻子からのメッセージに眉を寄せて画面を確認する。



画面上に残っているのは間違いなくあたしたち6人の方だ。



《紗弓:なんかよくわからないけど、調子が悪いんだと思う》



《麻子:そうなんだ。先生には説明しとくし、大丈夫だよ》



《紗弓:ごめんね、ありがとう》



スマホをタブレットの脇に置いて画面に向き直る。



「みんな普通に授業受けてるって」



「そんなワケないだろ……?」



眉を寄せて返事をしたのは航大だ。



「とにかくさ、あたしたちも一旦回線切って、もう一度入室し直そうよ」



それは景子からの提案だった。



真美が頷いている。



「そうだね。それがいいかも」



オンライン授業だとこういう不具合もあるからやりにくいんだ。



あたしは大げさな溜息を吐きだして、一度回線を落としたのだった。



そして、再び繋げる。



次に繋げた時にはきっと3年B組の授業が見られるはずだ。



そう、思ったけれど……。



繋がったのはさっきの6人だけだったのだ。



「なにこれ、どうしてこんなことになるの?」



景子はしきりに首を傾げている。



「わからない。どうする?」



翔は勉強する気がなくなったようで、大あくびをしながらそう言った。



「もういいじゃん俺ら。このまま休もうぜ」



充男が言う。



先生と繋がることができないんだから、そうするしかなさそうだ。



こういう場合は欠席扱いにもならないと思うし。



「ねぇ紗弓、あたしたちこのまま少し話そうよ」



景子が誘ってくる。



「うん、いいよ」



「俺も混ぜてよ」



航大が身を乗り出して言う。



「ここから先は女子の時間だからダメ」



景子が軽くあしらっている。



「女子の時間なら真美だっているだろ」



充男の言葉に一瞬あたしと景子は黙り込んだ。



そしてほぼ同時に噴き出し、笑い始めていた。



「そういや、いたっけ?」



景子が笑いながら言う。



「本当だね。ねぇ真美、どうしてなにもしゃべらないの?」



「え、えっと……」



真美はしどろもどろになってうつむいてしまう。



その頭頂部にフケが浮いているのが見えた。



思わず顔をしかめる。



「やめてよ真美。その頭見せないで」



景子から容赦ない言葉が飛び、真美は慌てた様子で少し椅子を後方へと移動させた。



「男子たちは早く退出してくれる?」



あたしが言うと、航大が肩をすくめている。



「わかったよ。紗弓たちがどんな会話をするのか気になるけど……」



ぶつぶつと文句を言いながらタブレットを操作している。



「あ、真美も退室していいからね?」



ついでに言うと景子が笑い声を上げ、真美はタブレットを操作しはじめる。



その様子をニヤニヤと笑って見つめるあたし。



元々真美は根暗で、しかも不潔だった。



肌が弱いから普通のシャンプーだとフケが浮いてきてしまうのだと聞いたことがあるけれど、あたしたちにとっては汚いもので変わりなかった。



「ちょっと、早くしてよ。退室するのに一体何分かけてるの?」



景子が他のメンバーに声をかける。



「いや、なんかおかしいんだ」



そう言ったのは翔だった。



「おかしいって、なにが?」



聞くと「退室できないんだ」と、返事がきた。



「退室できない? そんなワケないでしょ」



きっとタブレットの使い方がわかっていないのだ。



あたしはそう判断をして画面上に表示されている退室ボタンを押すように説明した。



「そんなのわかってるって!」



そう言ったのは航大だ。



「まさか、航大も退室できないとか言う?」



景子の言葉に航大は何度も頷いている。



あたしと景子は大きくため息を吐き出した。



きっとみんな嘘をついているんだ。



退室できないと言って、あたしたちに混ざって会話がしたいだけなんだ。



「わかった。それじゃあたしたちは新しいルームを作って、そこで会話しよう」



景子が諦めて言う。



「本当に、退室できないよ」



小さな声で言ったのは真美だった。



あたしは目を見開いて真美を見つめる。



「ちょっと真美、あんたはさっさと退室しなさいよ」



「それができなんばって」



答えたのは翔だ。



「嘘でしょ?」



そう聞いてから、理解した。



みんなここから退室できないと言って、あたしと景子を驚かせようとしているに違いない。



「ちょっと、いい加減にしてよみんな。あたしはそんなことじゃビビらないんだから」



みんなの思惑を理解すれば、もう怖くはない。



「ビビらせる? なに言ってんだ」



充男は左右に首を振って否定している。



「あぁ、そういうこと。真美、あんたまであたしたちをバカにするつもり?」



あたしの言葉に感づいた景子が真美を睨みつける。



真美は怯えた様子でブンブンと左右に首を振った。



「う、嘘じゃないから」



「へぇ? じゃあ、あたしも退室できなくなってるってワケ?」



真美に聞くと、真美は青ざめた顔で、うつむいてしまった。



「もしなんともなかったら、許さないからね」



脅し文句を言ってから、あたしはタブレットに手を伸ばした。



画面下に出ている退室のボタンをタップする。



「……え?」



画面に変化はない。



押し方が悪かったんだろうか?



そう思い、もう1度タップする。



しかし、やはり変化はなかった。



「退室できないだろ?」



充男の言葉にあたしはムキになって、何度もボタンをタップする。



「なにこれ、壊れてんじゃないの?」



文句を言いだしたのは景子だった。

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同じように何度も退室を試みているが、動いてくれないのだ。



「あ~あ、なんかシラけちゃった」



あたしはタブレットの横に置いていたスマホに手を伸ばす。



退室できないのならこのまま景子とおしゃべりをしてもいい。



でも、同じルームには真美までいるのだ。



なんだかおしゃべりする気も失せてしまう。



スマホでもイジって気分転換でもしよう。



そう、思ったのに……。

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