第37章~結子サイド~

あたしは信じられない面持ちで新に似た人物……森戸旬を見つめていた。



「退院してからの回復は早かったよ。さすが双子の弟の臓器だけあるよな」



旬はその場で飛び跳ねて体の調子を確認している。



それじゃなくても、旬はここで会ってから何人も人を殺し、俊敏な動きを繰り返している。



退院してすぐの体だとは思えなかった。



「まぁ、リハビリも相当がんばったけど。これからは俺、明るい世界で生活していくんだし」



「なにが明るい世界よ!」



叫んだのは若菜だった。



若菜はさっきからガクガクと全身を震わせている。



それでも旬をきつく睨みつけ続けていた。



「あんたが新を殺したんだ!」



若菜は叫ぶと同時に、和樹が持っていた包丁を奪い取っていた。



止める暇もなく、包丁を握り締めたまま旬へと走り出す。



「無駄だよ」



旬はクスッと笑みを浮かべたかと思うと、右手を後ろに回した。



なにか持ってる!



そう思った次の瞬間月明かりに光る刃先を見た。



それはまだ使われていない刃物で、若菜の体を難なく突き刺した。



「あ……」



若菜が小さく声を上げ、その場に膝をつく。



だけど両手は包丁を握り締めたままで、刃先は旬へ向けている。



旬は若菜を見ろして両手を広げた。



「どうぞ?」



挑発するような声に、若菜が腕を振り上げる。



その拍子に出血が増えてボトボトと血が床に落ちていく。



若菜が降りあげた包丁は旬に届くことなく、手から滑り落ちた。



カランッと虚しく音が響き、若菜の体は崩れおちた。



「あ…‥らた……」



「若菜!」



駆け寄って両手で若菜の体を抱きしめる。



出血が多くて、傷口を押さえても意味がない。



「若菜しっかりして!」



声をかけても若菜は返事をしなかった。



あたしの腕の中でまるで夢を見るように目を閉じる。



「あ~あ、死んじゃったね。人間ってさ病気じゃなくてももろいよね。どうして俺だけって思うこともあったけど、違うんだ。全員同じ。すぐに死ぬ」



旬はそう言い、おかしそうにケタケタと笑う。



あたしは旬を睨みあげた。



怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。



友人たちも、新まで殺したのはこの男だ。



いくら病気だったからと言っても、許せる相手じゃない。



「この空間はお前が作り出したのか」



和樹の質問に旬は教室内を見回した。



「そんなわけないじゃん。こんな異質な空間人間が作れると思う?」



「それなら、誰がつくったっていうの!?」



「今の話を聞いてたんだからわかるだろ? 新だよ」



あたしはその言葉にたじろいだ。



最初に旬を見た時に新の仕業だと思ったが、やはりこの空間は新の作ったものであっていたのだろうか。



「新は俺を恨んでいる。それに、君たちのことがとても好きだ。俺たち全員をここへ閉じ込めることで、俺への復讐もできるし、友達をあの世に連れていくこともできる。新はきっとそう考えたんだろうな」



「お前もここで目が覚めたのか?」



和樹の言葉に旬は頷いた。



「あぁ。君たちと同じように目が覚めた。ただ、誰よりも最初に目覚めたってだけだ。1人で出口を探して、出られないことに気がついた。



それから俺は新の姿を見たんだ。きっと俺があいつと双子で、しかも臓器を持っているからだろうな。とにかく俺には新の姿が見えた。会話はできなかったけれど、それだけでおおよその理解はできた」



旬は一呼吸置いてほほ笑んだ。



「殺されると思った。せっかく元気になってこれから勉強して来年の高校受験に備えようってときにだ。病気だったときには死が間近にあったからここまで怖いと思わなかった。



それなのに俺は今生きていたいと思ってるんだ。そのためにはどうすればいいか? 新が選んだ友達を全員殺して、自分は見逃してもらおうと考えたんだ」



「だから最初に武器を調達して、調理室や木工教室に鍵をかけたんだな」



和樹が憎々しげに声を絞り出す。



「そのとおり。俺は新の味方をした。それもあと2人殺せば終わりだ。きっと喜んでくれる」



旬が包丁の先をあたしへ向けた。



咄嗟に体が硬直してしまう。



腕の中にいる結子を抱きしめたまま、呆然として旬を見上げた。



「さようなら」



旬の包丁が猛スピードで降りおろされる。



「やめろ!!」



和樹が叫び、あたしの上に覆いかぶさってきた。



2人してきつく目を閉じる。



ここで2人とも死んで終わりだなんて……!



息が止まったような気持だった。



包丁が降りおろされるまでの数秒が、永遠のように長く感じられる。



恐怖は倍増し、体中から冷たい汗が噴き出した。



心臓は早鐘を打ち、世界が暗転する。



……しかし、いつまでまっても衝撃は襲ってこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る