第33章~旬サイド~
新とのツーッショットはそれが最後になることになった。
発作が治まったときから、俺の容態は急速に悪くなっていった。
20分体を起こしておくこともままならず、院内散歩になんて出かける余裕はなくなった。
いつ次の発作が起こるかわからず、ひたすらドナーが現れるのを待つしかない状態だ。
体には常にいくつもの管が繋がれていて、身動きするにも邪魔くさい。
自分がどんどん弱っていくのが感じられてから、スマホで日記を付け始めた。
長時間頭を使っていると疲れてしまうから、1日ほんの2、3行の短い日記。
もはや日記とも言えない、ただの呟きかもしれない。
それでも俺でもなにかを続けることができるんだと思いたくて、続けた。
ハンドルネームは旬だ。
《○月×日、晴れ。
今日は少し散歩した。
屋上から見える空はとても青くて、知らない鳥が飛んでた。
気分がいいと思っていたけれど、やっぱり途中でしんどくなった。
でも、ちょっとでも外に出られてよかった。》
《△月×日、くもり。
今日は朝から発作。
なにもできない。
でも日記は続ける。絶対に。》
短い文章の羅列。
だからこそだろうか。
気がつけば沢山の人が俺の日記を見に来るようになってくれていた。
日記には沢山のコメントもついた。
《元気になりました!》
《いつも応援しています!》
《私の兄弟も同じ病気です。だけど絶対に治る。そう信じています》
コメント内容はそれぞれだけれど、そのどれもに励まされた。
時々人の気持ちを打ち砕くようなコメントもあったけれど、それは自分の日記が沢山の人に見られているからだと解釈した。
『森戸くんの日記すごい人気だねぇ』
ある日看護師さんにそう声をかけられて驚いた。
俺は自分の日記について話したことはなかったから、どうして知ってるんだろうと疑問になった。
すると看護師さんたちの間ではすでに人気になっていて、俺だと気がついている人も沢山いるみたいだとわかった。
『仕事がら、闘病日記とか気になって見ちゃうのよね。読んでるとだいたい辛くなってくるんだけど、森戸くんの日記はほのぼのしていて、好きだなぁ』
そんな風に言われると照れ臭かった。
読者さんがこんなに間近にいるという事実に、ドキドキした。
担当医の先生も、両親も、なんでも続けていくことはいいことだと、俺の背中を押してくれた。
それから数カ月が経過した時のことだった。
○×出版を名乗る人物からのコメントが来ていて目を見張った。
『旬さまはじめまして。○×出版の大池と申します。
突然のご連絡失礼いたします。
この度旬さまの日記を拝見させていただきました。
短い文章の中にも堅命に生きている旬さまの姿に感動しました。
つきましてはぜひわが社から本として出版させていただきたいと思いまして、連絡した次第です』
そんな文面の下には連絡先が書かれていた。
俺は何度もその文章を見直した。
これは本当だろうか?
新手の嫌がらせ?
困惑しながらも、出版社名と大池という名前で検索をかけてみた。
するとすぐに何件かヒットした。
そこには○×出版の名前と敏腕編集者大池という記事が書かれている。
軽く読んでみると大池という人物は40代の男性で、出版してきた本の大半がベストセラーになるという強い編集者であることがわかった。
こんな人に自分の日記を見られたのだと思うとなんだか恥ずかしくなった。
でも、同時に嬉しかった。
続けていればなにか得るものがあるのだと実感した瞬間でもあった。
喜ぶ俺に反して、周囲は慎重だった。
『詐欺とかじゃないのよね?』
お母さんは不安そうな顔で言った。
『お金を振り込むような話にはなってないよ』
俺は答える。
『有名になるってことは、大変でもあるんだぞ?』
『有名になれるかどうかなんて、やってみないとわからないよ』
両親の不安をどうにか払拭したかった。
まともに学校に行けないような俺でも、本を出すことができる。
それってすごいことだと思った。
『やってみたらいいじゃん』
そう言ったのは新だった。
『新……』
『旬が言う通り、やってみないとわからないよ』
それはツルの一声だった。
病気な俺が何を言っても両親は保守的な意見に回る。
だけど新が言えば、朝鮮してみてもいいかもしれないという雰囲気になった。
新はいつからこんなに家族を引っ張っていけるようになったんだろうと驚いた。
きっと俺が家に戻れない間も、ずっと両親を支えてくれていたのだろう。
こうして、俺は大池さんに連絡を入れた。
大池さんは都心から離れた病院までわざわざ足を運んでくれることになった。
俺は私服に着替えさせてもらって、新からもらったニットの帽子をかぶって大池さんを出迎えた。
大池さんはネットに出回っている写真で見るよりもずっとかっこよくて、痩せているように見えた。
プロフィールには40代だと書いてあったけれど、実物は30代でも通用しそうだ。
『はじめまして、大池です』
名刺を渡されて慌てて両手で丁寧に受け取った。
『森戸旬です』
ベッドの上からお辞儀をすると、大池さんは柔らかな笑顔を浮かべた。
人懐っこい笑顔にホッと胸をなでおろす。
緊張が少しだけほどけていくのを感じた。
大池さんは同伴しているお母さんとも挨拶を交わしてから、椅子に座った。
『先日少し電話でも話しましたが、今回は旬さんの日記を一冊の本として世に出したいと思っています』
『はい』
俺は背筋を伸ばして頷く。
直接会う前に電話である程度の話は聞いていた。
出版に向けての準備とか、スケジュールとかだ。
大池さんは俺の体調も考慮してくれて、普通の作家の倍の時間を俺に使ってくれることになっていた。
本当にありがたい話だ。
『以上が出版までの流れです。なにかわからないことはありますか?』
俺は左右に首を振った。
なにせ人生で初めての経験だ。
なにを質問すればいいのかもわからない。
『では、作業を進める中でわからないところがあれば、遠慮なく相談をしていただくということでいいですか?』
『はい。そうしてもらえると嬉しいです』
それから印税の話や契約書の内容の話に移動していった。
この話題に移るとお母さんの方が食い入るように説明を聞いている。
俺が聞いてもいまいちよくわからないから、ちょうどよかった。
『では、明日より修正作業に入っていただきます。修正用原稿は本日中にお送りします』
『わかりました』
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