第32章~旬サイド~
ベッドから起きているだけで体力が消耗されていくようになっていたから、続けて勉強できるのは20分くらいまでだった。
それ以上体を起こしていると、息切れがしてくる。
だから自然と授業スピードは落ちていった。
月に一回新が来て勉強を教えてくれるけれど、全然ついていけなくなってきた。
それを見た新はまた悲しそうな顔をしかけて、必死でこらえているのがわかった。
辛いのは俺だ。
お前じゃない。
冗談っぽくそう言ってやろうかと思ったが、やめた。
満足に体を起こしておくこともできない俺がそんなことを言ったら、新はまた気に病むだろう。
もしかしたら、もうお見舞いに来てくれなくなってしまうかもしれない。
俺にとって学校の情報は新から受け取るものが大半を閉めている。
そんな新との会話をなくすわけにはいかなかった。
『今日、誕生日だな』
ある日、新がプレゼントの箱を持ってきて言った。
珍しく笑顔の新たに俺の心も温かくなる。
7月3日。
俺たち2人の誕生日だ。
俺は朝から看護師さんや両親や担当医に散々おめでとうと言われて、今日が7月3日だという認識ができていた。
でも最近では日中でも寝たり起きたりを繰り返していて、日付感覚はとっくに崩壊していた。
『これプレゼント』
差し出された箱を受け取り、俺は荒い呼吸を繰り返す。
今日は朝からあまり調子が良くなかった。
せっかくの誕生日だっていうのについてない。
俺はベッドに寝転んだままプレゼントを受け取り、それを自分の腹の上に置いた。
するとすぐに新が手に取り『開けてやる』と言った。
『おぉ……』
新が一旦俺にプレゼントに触れさせたのは優しさなのだ。
久しぶりに紙とインクの匂いを嗅いだ。
『これ、似合うと思うけど』
そう言って差し出されたのは黒いニットの帽子だった。
いつだったか、若者に人気のブランドだとテレビで紹介されていた店のロゴマークがついて行く。
俺は目を輝かせて帽子を手に取った。
柔らかくてすべすべしていて、手触りがすごくいい。
『これ、高かっただろ?』
『値段の話なんてすんなよ』
新が笑い、俺もつられて笑った。
その笑顔は自然とあふれ出したもので、少しの不純物も感じさせなかった。
『ありがとう。散歩のときに使うよ』
看護師さんに車いすを押してもらいながら、中庭や屋上を散歩する。
週に一度のペースだったし、一日10分程度の散歩だけれど、俺はその時間が好きだった。
『あぁ』
『写真、撮ろう』
ふと思い立って俺から提案した。
新も俺も最近スマホを買ってもらったばかりだ。
『あぁ、いいな』
新は頷いて鞄からスマホと、自撮り用の棒を取り出した。
棒の先にスマホをセットして、新がベッドに近づいた。
すぐ横に新がいる。
ここまで近づいたのは久しぶりのことで少し緊張した。
『いくぞ』
『おぉ』
頷くと新は手元のボタンを操作して撮影をした。
カシャッと小さな音がして画面を確認すると同じ顔が2つ並んで映っていた。
『これちゃんと現像して持ってくるから』
『頼むよ』
そう言った時、とたんに胸が苦しくなった。
また発作だ。
頭では意外と冷静な自分がいる。
にも関わらず、症状を抑えることは難しい。
胸を抑え、ベッドの上で転げまわる。
新がすぐにナースコールを押してくれた。
しかし、看護師が来てくれるまでが永遠のように長く感じられるのだ。
ふと見ると新が壁際に立ち、こちらを見ていた。
眉を寄せて痛そうな顔をして。
また文句を言ってやりたい気分になった。
しんどいのは俺だぞって。
だけど言葉は出てこなかった。
この空間に沢山あるはずの空気を吸い込むことができない。
それは拷問のように苦しい時間。
やがて慌ただしい足音とともに担当医が駆けつけてきて、処置をし始めた。
だんだん意識が遠のいていく。
目を閉じる瞬間、新の顔が見えた。
新は俺と視線がぶつかった瞬間、目をそらした。
見ていられないと言った様子だ。
俺は口を開けかけた。
『そんな顔すんなよ』
そう言いたかっただけだった。
だけど重たい意識はそれすらも許さなくて、俺はそのまま気絶してしまったのだった。
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