第31章~旬サイド~
俺の入院生活はまた始まった。
完全に自業自得だ。
医者にはこっぴどく叱られたし、両親は泣き崩れていた。
新は今にも泣きそうな顔をしていたけれど、涙は見せなかった。
『これから先は臓器移植も視野に入れましょう。次に発作が起きると危険です』
医者と両親との会話に聞き耳を立てて、自分はほんとうにどうしようもないバカなのだと思い知った。
せっかくもうすぐで小学校卒業だったのに、卒業式に出ることも叶わなかった。
その時先生が昔みたいに寄せ書きを持ってきてくれた。
前回は全く知らない連中からの言葉だとしか思えなかったけれど、今回は違う。
一緒に勉強をしてきた仲間の言葉に、嬉しさと涙がこみ上げた。
一緒に卒業式に出られなかったことを、本当に後悔した。
新はそのまま何事もなく中学に進み、少しだけ人間関係も広がったようだ。
『あのさ……俺、彼女ができた』
新は頬を赤らめて気恥しそうに言ったのは、入学式から一週間後のことだった。
俺は驚き、飲んでいたジュースを吹きこぼしてしまった。
『そんなに驚くことかよ』
仏頂面になって文句を言い、タオルを差し出してくれる。
俺はタオルを受け取りながら『相手誰?』と、質問した。
新の口から出てきた名前は、いつか俺に文句を言ってきたあの女子生徒の名前だった。
それを聞いた瞬間納得した。
あの子はとても気が強そうで、新のことも簡単にはあきらめないんだろうなと思っていたからだ。
『そっか。よかったじゃん』
『あぁ』
新はまだ赤い頬のまま、そっぽを向いた。
思えば兄弟でこういう話をしたことは今まで1度もなかった。
俺が健康でいられたら、もっと女の子の話とかできていたかもしれないな。
新のことを祝福しても、俺の病気はあまりよくなかった。
あの日ちょっと走っただけなのに、どうしてここまで悪くなってしまうのかと、自分の体を呪いたくなる。
検査、投薬、検査、投薬。
そんな毎日。
勉強は新や両親、それに院内で勉強を教えてくれる先生もいたからどうにかなった。
それでも毎日勉強ができるわけじゃない。
何日も苦しんでなにもできない時もある。
そんなとき、ふと自分はどうして生きているんだろうと考えることがあった。
新や他のみんなと同じように生活することもできない。
そんなままならない人間が、どうして産まれてきたんだろうと。
だけどここは病院だ。
俺と同じような子供たちは沢山いた。
俺よりももっともっと小さな子たちが頑張ってもいた。
そんな姿を見ると、弱音を吐くこともできなかった。
もう少し頑張ろう。
もう少しガンバロウ。
モウスコシ……ガンバ……ロウ。
それは壊れたロボット音声みたいに脳内で繰りかえされた。
頑張ろうと思う度に体調が悪くなっていく気もした。
そんな俺を見たくないからか、それとも彼女とのデートで忙しいのか、新は毎日の見舞いに来なくなった。
3日に1回になり、一週間に1回になった。
それでも新を責めることはできない。
新は小学校時代、ずっと俺と一緒に過ごしてくれたから。
これからは自分の時間を過ごしてほしかった。
『よぉ、彼女は元気か?』
一週間ぶりに訪れた新たに聞く。
新は俺の姿を見て言葉を失い、そしてうつむいた。
『最近ちょっと食欲なくてさ、痩せたんだ』
俺は笑顔でそういった。
本当は自分が骨と皮だけになっていることはわかっていた。
これでも、点滴で栄養を取るようになってから少しは改善したんだけど。
新はなにも言わずに教科書を取り出した。
『英語の授業が結構難しくなってるんだ。教えてやるよ』
そう言って椅子に座る。
最近はこればっかりだ。
新は見舞いに来ても授業の話ばかりをするようになった。
友達とか、彼女とか、そういった話題を出さないのだ。
『それよりさ、彼女とどうなんだよ? デートしてるんだろ?』
新の腕をつついて聞くと、新はビクリと体をはねさせた。
マジマジと俺の手を見つめているのがわかる。
俺の手は投薬の影響で老人みたいにシワシワになっていたから、それのせいだと思う。
『ごめん、ビビるよなこんな手。あ、そうだ。クラスに可愛い子いるか? 登校したときにイマイチだとガッカリするから教えてくれよ』
新は俺の質問に答えず、うつむいて震えていた。
『なんだよ、どうした?』
聞きながら俺は笑顔を張りつかせていた。
前みたいに新が遠慮しないようにと思って。
だけどうまくいかなかった。
笑顔はだんだん震えて、ひきつれていった。
はやく、なんとか言ってくれ。
そう願っても新はうつむいているだけだ。
その姿を見ていると、徐々に苛立ちを感じはじめた。
病気なのは俺なのにどうしてお前が悲しんでんだよ。
学校に行けば友達がいて恋人までいるお前が、悲しい顔してんじゃねーよ!
『なんで黙ってんだよ! 学校が楽しいなら楽しいって言えばいいだろ!』
思わず怒鳴っていた。
新が驚いて顔を上げる。
その目に涙が滲んでいたから余計に腹が立った。
泣きたいのは俺のほうだ。
どうしてお前が泣いてんだよ。
元気なくせに……!
それから俺は新へ向けてさまざまな罵倒を続けた。
途中から自分が何を言っているのか定かではなくなってきた。
気がついたら泣いていたし、新も泣いていたし、きっとひどいことを沢山言ったんだと思う。
『ごめん』
俺がひとしきり怒鳴り終えると新はポツリとそう言い残して病室を出た。
俺は体全体で呼吸をして、新の後ろ姿を見送った。
それから、新の見舞いは月に一回になった。
それを攻めることはできない。
新からも、なにも言わない。
新との会話は必要最低限のものにとどまり、友達や彼女の話は一切でなくなった。
俺からも、もうそういった話を聞こうとは思わなくなっていた。
そしてそのまま時間は過ぎていき、新は中学2年生になっていた。
俺も自動的に2年生に進級する。
義務教育っていうやつは便利なものだと感心した。
こうして毎日ベッドの上で治療を受けているだけでも、ちゃんと中学校までは卒業させてもらえるんだから。
と言っても院内で勉強は続けていた。
今までと同じようにとはいかない。
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