第26章~旬サイド~

そして、数日後。



『ねぇ、まだ学校に行けないの?』



俺は窓の外に見えている小学校を見つめて、お母さんに聞いた。



お母さんはリンゴを剥く手を止めて『もう少し、頑張ってからね』と、ほほ笑んだ。



入院してから4日ほど過ぎていたけれど、毎日何かの検査をされるばかりでなかなか学校に行けないでいた。



新は学校が終わったらすぐに来てくれて、学校でなにがあったのか話しを聞かせてくれた。



勉強したことも教えてくれたし、一緒に宿題もした。



担任になった先生が来てくれたこともあったけれど、ここは病院で、学校じゃなかった。



『今日はね絵を描く授業があってね。美代ちゃんと浩太くんの絵がすごく上手でね!』



ベッドの横で飛び跳ねながら嬉しそうに報告してくれる新。



最初のころはそれが嬉しかった。



新と俺は同じクラスになれたと聞いていたから、自分も早く学校へ行きたいと思っていた。



学校へ行ったらクラスのみんなと沢山遊んで、勉強も沢山するんだと、意気込んでいた。



だけど、ある日から次第に新からの報告が嫌になってきてしまった。



『絵なんて興味ない!』



嬉しそうに話す新に怒鳴りつける。



新は驚いて言葉をきり、マジマジと俺を見つめてきた。



今まで俺が怒鳴ったことなんてないから、本気で驚いたみたいだ。



『新、旬はちょっと疲れちゃったみたい。寝かせてあげてね』



すぐにお母さんが俺たちの間に割って入ってくれた。



俺は寝返りを打ち、新に背を向けて布団をかぶった。



『うん……』



新は頷いていたようだけれど、その声はとても悲しそうに聞こえた。



それから数日後。



俺はまだ退院のめどがついていなかった。



新は相変わらず毎日来てくれるけれど、あまり学校の話はしなくなっていた。



俺が怒鳴ってしまったからだった。



時々俺から学校について質問すると、新は質問された答えだけを、おずおずとしゃべった。



悪いことをしたなという気持ちはあったけれど、せいせいした気分にもなった。



自分が経験できない学校生活のあれこれを、あんなに楽しそうに聞かされていたら、頭がおかしくなってしまいそうだったから。



どれだけ学校生活に恋い焦がれてみても、俺から見える世界は白い病室に自分に繋がれている機械。



せいぜい窓から見える変わり映えしない景色だけだった。



『旬。先生が来てくれたよ』



ある日お母さんの後ろから担任の先生が入ってきた。



先生はかごに入ったフルーツを持っていて、ゴクリと唾を飲み込んだ。



お見舞いの品の中ではかご入りフルーツが一番好きだった。



特に大きなメロンが入っていると最高だ。



途端に病室に甘い匂いが広がり、病人を寝かせておくだけの無骨な室内に彩りが生まれる。



俺はフルーツの匂いをめいっぱい吸い込んだ。



ほとんど会ったことのない先生だけど、俺の好みを知っているのかもしれない。



かごの中からメロンの匂いがしてきていた。



『こんにちは旬君。調子はどう?』



先生は椅子には座らず、身をかがめて聞いてきた。



『変わらないです』



俺は短く答える。



運ばれてきた日以来苦しくなることはなかったし、自分ではとても元気なつもりでいる。



でも退院できないということは、まだどこかが悪いのだろう。



だけど自分ではどこが悪いのかわからない。



だから返事も短くなってしまう。



決して悪気はなかったのだけれど、先生は少し悲しそうな表情になって『そう』と言っただけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る