第23章~結子サイド~
ドアのすりガラスの向こうに人影が見えている。
立ちどまった影は音もなくこちらへと体の向きを変えた。
そして勢いよくドアが開かれた。
立っていたのは新そっくりな人物だった。
若菜が息を飲む音が聞こえてくる。
しかし、その手にはしっかりとモップが握りしめられている。
新に似た人物の右手には血に濡れた包丁が握りしめられていた。
あの包丁ですでに4人も殺しているのだ。
そう思うと恐怖で体が震えた。
立っているのがやっとの状態だったけれど、あたしは新に似た人物から視線をそらさなかった。
いつ、どのタイミングで襲ってくるかわからない。
目をそらしたらその隙に死んでしまうかもしれない。
そんな危機感を抱いていた。
「みんな、ここにいたんだね」
その声は新にそっくりで一瞬動揺してしまう。
声も顔も新たにそっくりだなんて……。
惑わされないよう、あたしは相手を睨みつけた。
新に似ている人物は相変わらず笑顔を貼り付けている。
人間味のない笑顔はひたすら気味が悪いだけだ。
新に似た人物が一歩近づいてきた。
瞬間的に身を固くする。
写真を確認するために窓辺に移動しているから、後ろに逃げ道はない。
逃げるなら、横に移動していくしかない。
あたしは教室後方のドアに視線を移動させた。
あそこまで走って逃げるとしても、机と椅子が邪魔になることは必須だった。
その間に追いつかれてしまうかもしれない。
となると、やはり戦うしかない。
あたしはまた唾を飲み込んだ。
何度唾を飲んでも喉はカラカラのままで潤うことはない。
新に似た人物がまた近づいた。
「お前は誰だ!」
和樹がモップを振りかざして言った。
新に似た人物はその質問にニヤリと口角をあげた。
目元まで歪み、この状況を心底楽しんでいるように見えた。
「誰でしょう?」
新に似た人物は首をかしげ、質問する。
「こっちの質問に答えろよ!」
和樹が怒号を上げ、相手の頭上にモップを振りおろそうとする。
その瞬間だった。
一瞬相手の動きの方が早かった。
相手は持っていた包丁をまるでナイフのように投げたのだ。
ヒュンッと風を切る音がして、ナイフは和樹の右足首に突き刺さっていた。
「グワァ!!」
悲鳴を上げ、モップが手から滑り落ちる。
その場に膝をついて苦痛に顔を歪める。
「和樹!」
慌てて走りよると包丁は突き刺さったままだった。
「くっ」
和樹は顔をゆがめたまま、包丁の柄を握り締める。
まさか!
和樹がやろうとしていることに気がつき、咄嗟に手を握り締めて止める。
「やめて! ちゃんと止血できるところで引き抜かないと……!」
「そんなことやってる暇があるかよ」
和樹の視線があたしの後方へと移動した。
顔をあげてみると、先ほど和樹が手放したモップを握り締めた相手があたしたちを見下ろしていた。
「それ以上近づかないで!」
若菜が両手でモップを握り締めて相手をけん制する。
しかし、相手は楽しそうにケタケタと笑うだけだった。
「あんたの目的はなんなの!?」
若菜は続けて叫ぶ。
すると相手は笑うのをやめ、若菜へ視線を向けた。
その目はどこも見ていないように見えて、薄気味が悪い。
相手が若菜に関心を持っていかれている間に、和樹は力を込めて包丁を引き抜いていた。
真っ赤な血があふれ出して、あたしは慌てて傷口を押さえた。
「大丈夫。それほど深い傷じゃない」
和樹はそう言うが、額には脂汗が滲んでいる。
傷口を押さえた指の先から和樹の血があふれ出して泣きそうになってしまう。
なにか止血するものがないだろうか。
せめてハンカチでもあれば……!
願うような気持ちで近くの机を見ると、机の横に体操着の袋が掛けてあった。
あれだ!
手を伸ばし、体操着の袋を引き寄せる。
中にはタオルも入っていた。
あたしはそれを和樹の足首に巻きつけた。
これで少しはマシになってくれればいいけれど……。
安堵しそうになったのもつかの間、新に似た人物がモップを振り上げたのが見えた。
その先には若菜がいる。
若菜は必死にモップを握り締めているけれど、体は小さく震えている。
あんなんじゃ攻撃を防ぐことはできない!
そう思った時、和樹が包丁を相手へと突きつけていた。
月の光に輝く包丁に新に似た人物が動きを止めた。
ねめつけるように和樹に視線を向ける。
「モップを下せ」
和樹からの命令に新たに似た人物はしぶしぶモップを床に落とした。
カランッと虚しい音が響く。
あたしはしゃがみ込んでそのモップを握り締めた。
これで相手は丸腰だ。
「どうしてお前は包丁を持ってた?」
和樹からの質問に、相手は『お前だってわかっているだろう』と言いたげな笑みを浮かべた。
そしてポケットから鍵を取り出したのだ。
それはあたしたちが探していた調理質と木工教室の鍵で間違いなかった。
やっぱり、こいつが武器を持ち出した後、鍵をかけたみたいだ。
お陰でこっちはろくな武器が手に入らず、逃げ惑うはめになってしまった。
武器さえあればとっくに終わっていたかもしれないのに。
死者も増えずにいたかもしれないのに。
そう思い、ギリッと奥歯を噛みしめた。
「あんたは誰? 目的は!?」
あたしの言葉に、男はゆっくりと話をはじめた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます