第21章~結子サイド~

廊下はとても静かだった。



一度職員室へ向かって中を確認してみると、そこには紀一の死体が転がっていた。



「嘘だろ」



和樹が驚愕の声を上げる。



あたしも唖然としてしまい、言葉がでなかった。



どうして紀一が死んでいるの?



新はどこへ行ったの?



「新に殺されたんだ」



和樹の言葉に若菜がビクリと肩をはねさせる。



和樹は悔しそうに歯を食いしばった。



「新はあの時死んでなかったってこと?」



「たぶんな。1度殴っただけだったから、気絶していただけなんだ」



もっと痛めつけておくべきだったと、一樹は悔しがっている。



あたしはもう1度紀一に視線を落とした。



服部から血が流れ出し、血だまりを作っている。



みんなと同じように包丁で刺されたみたいだ。



あの時は逃げることで頭がいっぱいだったけれど、武器を奪っておけばよかったのだ。



そうすれば紀一は助かっていたかもしれないのに……。



悔しさで胸がいっぱいになり、奥歯を噛みしめた。



「紀一は一体どこにいたんだろうな?」



和樹は首をかしげている。



全員で職員室へ来て、新から逃げてから紀一の姿は見ていなかった。



うまく逃げたのだと思っていたけれど、ここで新に見つかって死んでしまった。



和樹は首をかしげながらも、椅子にかけてあった先生の上着を紀一の顔にかけた。



1人、また1人と殺されていく。



新と同じ顔をした人物は、まるで遊んでいるようにあたしたちを殺しにくる。



そのことを改めて理解させられて全身が冷たくなった。



あたしたちは紀一に手を合わせ、そして立ち上がった。



友人が死ぬことは悲しいけれど、いつまでもここにいるわけにはいかない。



下手をすれば自分たちの命が危ないのだから。



「どこへ向かうの?」



廊下へ戻り、和樹に聞く。



「3階の1年C組に行こうと思う」



それはあたしたちの教室だった。



「C組になにかあるの?」



若菜からの質問に和樹は左右に首を振った。



「わからない。だけど、ここにいる全員がC組だ。一度原点に戻ってみてもいいと思う」



和樹は説明しながら先を急ぐ。



階段にさしかかり、階下を見下ろして誰もいないことを確認した。



足音を殺して階段をあがっていく。



一段上がるたびに緊張で呼吸が乱れる。



上履きが床にこすれる微かな音が気になって、冷汗が流れていく。



どうにか3階の廊下までたどり着いたとき、大きく息を吐きだした。



深呼吸をして鼓動を整える。



3階の廊下には誰の姿もなかった。



外から差し込む月明かりで廊下は思っていたよりも明るい。



階段に一番近いのはA組だ。



あたしたちC組は3階の中ほどに教室がある。



先へ足を進めながらあたしは外へ通じている窓に手をかけてみた。



ここもしっかり鍵がかけられている。



しかしクレセント錠は開いている状態になっていて、やはり見えない力があたしたちをここに閉じ込めているのだとわかった。



和樹は相手は人間かもしれないと言ったが、これは人間ができる技じゃない。



そしてあたしたちはC組の前にたどり着いた。



ドアはしっかりと閉められている。



和樹が前に立ちドアに手をかけた。



あたしは緊張から若菜の手を強く握りしめた。



若菜も握り返してくる。



このドアを開けたら新が飛び出してくるんじゃないか。



包丁を握りしめ、突き刺してくるんじゃないか。



そんな妄想が頭の中を駆け巡っていく。



心臓は早鐘を打ち、呼吸は小さくなっていく。



今にも倒れてしまいそうな中、和樹が勢いよくドアを開いた。



……そこに広がっている光景はいつものC組だった。



昨日の放課後までとなんら変わりはない。



誰もいないことを確認して足を踏み入れると、花の香りがした。



クラスメートが持ってきてくれて、窓辺の花瓶に飾ってあるのだ。



それもいつもと変わらない匂いで、なんだか不思議な気分になった。



この空間だけいつも通りで、平和で、血なまぐささを感じさせない。



それが異質だった。



「ここで8人で過ごしたんだよな」



和樹が呟く。



その言葉で、一瞬にして楽しかった毎日のことを思い出してしまった。



あたしも若菜も和樹も、みんなみんなこの教室の中で仲良くなって、いろんな物語が生まれた。



若菜は新に恋をして、あたしは和樹に恋をして。



そんな毎日がずっと続けていくと信じて疑うことも知らなかった。



「新が教科書もノートも全部忘れてきて、大変だったことがあるよね」



若菜が新が使っていた机の前に立って言った。



そういえばそんなこともあったっけ。



あれは6月上旬のころだった。



梅雨入りして間もなく、毎日蒸し暑くて集中力も散漫になるような季節。



『はよー』



眠そうな目をこすりながらC組に入ってくる新。



そんな新を見て若菜はほほえましそうに笑顔を見せる。



でも、その笑顔はすぐに消えて驚いたように目を見開いていた。



『新、鞄は?』



若菜にそう聞かれて新は瞬きを繰りかえした。



『やべ、全部忘れてきて』



右手を口に当て、驚きの表情を浮かべる新。



友人たちはみんな一瞬驚きで言葉を失い、次の瞬間には大きな笑い声をあげていた。



新本人も笑っている。



『鞄ごと忘れてくるヤツ初めてみたぜ!』



紀一がお腹を抱えて笑う。



幹生も、和樹も、笑も、千秋も。



見た目よりもずっとドジな新に大笑いした。



『あたしが貸してあげるよ』



みんなが笑っている中、若菜が真新しいノートとペンを新に差し出した。



『え、悪いからいいよ。このノート使うつもりで買ったんだろ?』



『3冊セットのを買ったから大丈夫。でも、教科書は他のクラスの子に借りてね』



若菜がそう言うと、新は申し訳なさそうに頭をかいて、ノートとペンを受け取った。



「結構ドジだったよね」



当時のことを思い出して、ふと笑っている自分に気がついた。



こんな状況で笑えるなんて思ってもいなかったからびっくりした。



「新はムードメーカーだったよな」



和樹が言い、若菜が頷く。



当時の光景がどんどん思い出されてきて、胸が押されたように苦しくなった。



新はもうこの世にいないのだと、あらためて突きつけられた気分になった。

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