第18章~結子サイド~

「新を殴ったとき、まるで人間みたいな感触があった」



空き教室に身をひそめながら、和樹は言った。



さっきからずっと自分の両手を見つめている。



「俺が殺したのは、本当に悪霊だったのか?」



「何言ってるの和樹。きっと、新はそうやってあたしたちを混乱させてるんだよ」



相手が悪霊でなかったら一体なんなのか。



あれだけ躊躇もなく次々と友達を殺して行くなんて、生きた人間のできる仕業じゃないに決まっている。



あたしはまだ震えている和樹の手を両手で包み込んだ。



「大丈夫だよ和樹。守ってくれてありがとう」



そう言うことでようやく自分のしたことに納得できたのか、和樹は何度も頷いた。



今はとにかくここから出ることを考えないといけない。



新がさっきの攻撃で消えてくれていればいいけれど、そうとは思えなかった。



きっと新はまた起き出して、次のターゲットを選んでいるに違いない。



でも、物理的な攻撃がきくことはわかった。



逃げるための時間稼ぎができるのは確かだ。



同時に、あたしたちに武器を持たれたくない理由も判明した。



攻撃すると、弱るからだ。



和樹が言っていたように、また1階へ戻って調理室や木工教室の窓を破って武器を調達するのが正解かもしれない。



そのためにはこの教室を出て、1階まで移動する必要がある。



窓を割ることで新がやってくるかもしれないという懸念もあった。



思考回路をめぐらせていたとき、不意に和樹が顔をあげて廊下へと視線を向けた。



「今の声、聞こえたか?」



「え?」



あたしは首をかしげる。



これからどうすればいいのか考えていたから、何も聞こえなかった。



「女子の泣き声が聞こえてきた」



和樹は早口で言った。



あたしは廊下側の壁に耳を当てて確認した。



確かに、泣き声のようなものが聞こえてくる。



「若菜かもしれない」



和樹の声にあたしは頷く。



泣き声が聞こえてくるのは隣の女子トイレからだ。



個室にでも逃げ込んでいるのかもしれない。



助けに行こうと腰をあげた瞬間、和樹があたしの手を握り締めていた。



「1人で行っちゃダメだ。若菜は新の仲間かもしれないんだから」



そう言われて動きを止める。



そうかもしれない。



でも、それならどうして若菜は1人で泣いているんだろう?



もしかして女子トイレに新もいるのかな?



それにしては若菜の泣き声はずっと聞こえ続けていた。



新が一緒にいたとすれば、泣きやんでもいいのにと思う。



「一緒に行こう」



あたしは和樹へ向けてそう言い、空き教室を出た。



廊下に新の姿がないことを確認してから教室から出ると、泣き声は大きく聞こえ始めた。



これだけの声量で泣いていれば、すぐに新に気がつかれそうだ。



あたしは空き教室の隣にある女子トイレへと入っていった。



月明かりに浮かび上がるトイレは不気味で、温度が一気に下がったように感じられた。



ほとんどの個室が閉まっている中、一番奥の個室だけドアが閉められている。



泣き声はそこから聞こえてきていた。



この声が若菜であるとわかっているから近づくことができるけれど、普通の夜の学校だったら怖くて近づけなかっただろう。



あたしは和樹としっかりと手を握り締め合って、個室の前に立った。



「若菜?」



外から声をかけると、不意に泣き声は止まった。



しかし、返事はない。



「若菜だよね? あたし、結子だよ。和樹も一緒にいる」



更に声をかけると、鼻をすする音が聞こえてきた。



和樹が手を離しあたしを、守るように立ちはだかった。



個室から何が出てくるかわからないと言った雰囲気だ。



「……結子?」



個室から聞こえてきた声にハッと息を飲む。



今の声は若菜で間違いない!



ひどく涙声になっているけれど、あたしが若菜の声を間違えるはずがなかった。



だって、8人の中で一番仲がいいんだから。



「そうだよ若菜! 出てきて!」



思わず声が大きくなる。



すると閉じられていたドアの鍵が開く音が聞こえた。



和樹が身構える。



ドアが開いて出てきたのは若菜本人で間違いなかった。



その姿に和樹がフッと体の力をぬくのがわかった。



若菜の目は真っ赤に充血していて、ずっと泣いていたのがわかった。



「若菜!」



あたしは若菜に手を伸ばし、その体を抱きしめた。



たった数時間で随分と小さくなってしまったように感じられた。



若菜はあたしにされるがまま、抱きしめられている。



和樹は若菜が無抵抗で、武器もなにも持っていないことがわかると、ようやく安心したように胸をなでおろした。



「若菜大丈夫?」



若菜は左右に首をふる。



「なんで新があんなことに……」



悲痛な若菜の声にこちらまで泣きそうになってしまう。



「そうだよね」



あたしは若菜の体をキツク抱きしめた。



「高校に入って初めて新を見た時、すごく衝撃的だったの……」

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