第17章~紀一サイド~

それから20分ほど経過しただろうか?



廊下が騒がしくなり、俺は耳をそばだてていた。



すぐ隣の応接室のドアが開閉する音が聞こえてくる。



そして聞こえてきたのは仲間たちの声だった。



この声は結子と和樹。



それに笑だ!



少なくても3人は無事でいることがわかって心底うれしくなった。



今までの恐怖が少しだけ払拭される。



やがて3人は職員室に入ってきたようだ。



幹生の死体に膝かけをかけたりしているのが、うっすらとしたシルエットでわかった。



よかった。



みんな無事だったんだな!



そう言って出ていこうとした、その時だった。



「キャア!」



笑の悲鳴が聞こえてきてハッと息を飲んだ。



パーテーションから少し顔を出して確認すると、月明かりで新の顔がハッキリと見えた。



悲鳴を上げてしまいそうになり、咄嗟に両手で自分の口を覆った。



あいつ、帰ってきやがった……!



「死んでるかどうか確認しに来たら、獲物が沢山いる」



新は楽しげな笑い声を上げ始めた。



ケタケタケタケタと、職員室中に響き渡る声で。



新は笑いながら3人へ向けて歩き出した。



「あ、新やめて! なんでこんなことすんの!?」



その時、笑と新は幼馴染だったことを思い出した。



だから笑はあんなに果敢に声をかけることができているのだ。



新は体の向きを笑へと変えて、歩きだした。



その手には包丁が握りしめられている。



次の瞬間、一気に笑との距離を縮めた新は笑の首に包丁を突き立てていた。



笑が「ぐぇっ」とカエルのような声を漏らす。



「あ……らた……」



笑の体は力を失い、そこ倒しに倒れ込む。



「逃げるぞ!」



和樹が叫ぶ。



「結子!」



しかし、結子は動こうとしない。



なにしてんだよ!



早く逃げろ!



心の中で願っても、結子の気持ちはよくわかった。



さっき応接室で物音がしたときの俺と、全く同じ状況なのだ。



新は笑みを貼り付けて、結子に包丁の先を突きつける。



それは死刑宣告のようなものだった。



新は無言で次はお前を殺すと語っている。



次の瞬間だった。



和樹が近くにあった椅子を握りしめ新へ向けて振り下ろしたのだ。



ゴキッと音がして、新が横倒しに倒れた。



それは予想外の展開で、俺はポカンと口を開けて見つめていた。



新はなかなか起き上がらない。



その隙に和樹と結子の2人は職員室を逃げ出したのだった。



死んだのか……?



5分ほど待ってみても新は動かない。



椅子で殴りつけられたとき骨が折れるような音がしていたから、死んでしまったのかもしれない。



いや、新はもともと死人だ。



そんなに簡単に死ぬとは思えない。



俺はゴクリと音を立てて唾をのみ込み、ようやくパーテーションから移動した。



床に寝たままの新の横までやってきて、その顔を確認する。



キツク閉じられた目。



病的に白い肌は生きている人間のものとは思えないくらいだ。



でも、見れば見るほど生身の人間のようで寒気がした。



これ、本当に悪霊か……?



足のつま先で新の肩をつつく。



反応がないことを確認してから横に膝をついた。



顔に耳を近づけた瞬間、呼吸音が聞こえてきて「ひっ!」と、小さな悲鳴を上げてしまった。



息をしてる!



元々死んでるはずなのに、なんで!?



混乱している間に、新が人の気配を感じたのかカッと目を見開いたのだ。



同時に俺と視線がぶつかる。



新の口角がニィッと上がる。



やばい!!



咄嗟に立ちあがろうとするが、うまくいなかい。



恐怖でまた体がうまく動かなくなっている。



くそ。



動け!



自分の体を支えるようにしてどうにか立ち上がる。



けれどそれよりも早く新が立ちあがり、俺の前に立ちはだかっていたのだ。



こいつ、なんでそんなに俊敏な動きができるんだよ……!



いつの間にか床に転がっていた包丁まで握りしめられていて、全身から血の気が引いて行った。



このままじゃ殺される……!



新の真横を走って逃げようと体制を整えたとき、蹴りが飛んできた。



新の足は俺の腹部に直撃する。



「うっ……!」



思わぬ攻撃に身をよじり、苦痛に喘いだ。



新がおかしそうにケタケタと笑う。



その様子になにか感じるものがあった。



ただの直観だけど、たぶん間違いない。



「お前……新じゃねぇな!?」



叫んだ瞬間、新の顔からスッと表情が消えた。



それはとても冷たいのうめんで、見ているだけで氷ついてしまいそうな表情だった。



やっぱりこいつ新じゃない!



じゃあ何者だよ!?



質問する時間も与えられなかった。



ドスッと鈍い音が耳に届いたかと思うと、腹部に衝撃を感じた。



また蹴られたのかと思って視線を落してみると、自分の腹から包丁の柄が突き出しているのが見えた。



「え……?」



呆然として新を見つめる。



新はまた笑顔を浮かべた。



そして包丁の柄をしっかりと握りしめる。



「や、やめっ……!」



ズブリ。



再び奥まで差し入れられた包丁に俺は言葉を失う。



そして新は包丁を一気に引き抜いた。



服部に暖かさを感じ、大量の血が流れ出ていることに気がついた。



「お……前」



誰だよ?



そう聞きたかったけれど、声を出す前に崩れおちていた。



視界が歪み、砂嵐が起こったように目の前が見えなくなる。



みんな、気を付けろ。



こいつは新なんかじゃない。



こいつは……死神だ。



そこで、俺の心臓は停止した。

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