第16章~紀一サイド~

新が戻ってくるかもしれないと思うと、どうしても勇気がでなかった。



他のみんなはどうしただろう?



どこに逃げたんだろう?



1人でいることが途端に心細く感じられた。



俺1人で新に立ち向かうことなんてできない。



できればみんなと合流したい。



その思いから、どうにか恐怖心を押し込めてパーテーションの奥から顔を出した。



職員室の中は静かで、なんの物音も聞こえてこない。



薄闇の中周囲を確認してみるが、新の姿はないようだ。



やっと安心して立ちあがり、パーテーションから出てきた。



「幹生、いるのか?」



小さな声で話しかける。



幹生からの返事はない。



新が入ってきた方のドアへと足を進めると、ツンッと鼻腔を刺激する鉄の匂いが漂ってきて、足を止めた。



その匂いの中にはアンモニア臭も混ざっているようで、普段かいだことのない臭いに顔をしかめた。



嫌な予感がする……。



心臓はドクドクと早鐘を打ち始める。



口の中はカラカラに乾いていた。



そんな中一歩一歩足を前に進め、そして倒れている幹生の姿を見つけた。



「っ!!」



声にならなかった。



幹生は千秋と同じように包丁で刺され、すでに息絶えていたのだ。



「うっ」



吐き気がこみ上げてきて、両手で口を覆ってどうにか押さえる。



衝撃と気持ち悪さで涙が浮かんだ。



なんでだよ。



なんで幹生まで殺すんだ!



幹生と新が同じゲームの話題で盛り上がっているところを何度も見たことがあった。



2人で遊びに出かけることも多かったみたいで、8人の中じゃ新と幹生は親友と言える関係なのだろうと勝手に思っていた。



でもこんなにアッサリ殺すなんて……。



新からすれば幹生のことなんて大切な存在じゃなかったってことか?



考えれば考えるほどわからなくて、メマイを感じて近くの机に手をついた。



とにかく幹生をこのままにしておくのはかわいそうだ。



そう思って椅子に掛けられている膝かけに視線を移した。



せめてなにかかけてやろう。



そう思って手を伸ばしかけたが、隣の応接室からガタンッと物音が聞こえてきて手をひっこめていた。



な、なんだ今の音は!?



突然の異音に心臓がひとつ大きく跳ねあがる。



血液が沸騰したように熱く、それなのに全身が冷えていく感覚がした。



耳を澄ませてみても他に物音は聞こえてこない。



今の音は確かに応接室からだった。



確認しに行った方がいいか?



心の中ではそう思うものの、実際は恐怖で足が一歩も動かなくなっていた。



出口へ向けて歩こうとすると、俺の両足はコンクリートで固められたように固くなる。



「ちっ」



強がりで舌打ちをする。



情けなさがこみ上げてきたが、仕方ない。



俺は体の向きを変えて再びパーテーションの奥へと逃げたのだった。

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